今日の日系の経済教室に知識社社会と企業「暗黙知と形式知」が取り上げらていた。1年半ぐらい前にこの言葉に接し、それに関する研究をしている人と少々話をしたことがあった。

 形式知は言葉や文書で表現できる客観的で理性的な知であるのに対し、暗黙知は・・・主観的で身体的な知である。具体的には思い、視点、心象や、熟練、ノウハウなどがあげられるが・・・
 企業としては、まず個人が経験を共感することによって暗黙知を獲得する「共同化」により、独自の・・・そうして蓄積された暗黙知は、主に対話により明確な言語ないし概念として表現され形式知となる。経験を共有していない第三者にも理解可能な言語・概念・・・に暗黙知を変換していく・・・

 これは経済だけでなく日々の生活でも一緒のことだと思う。学者が分析して体系化し表現すると上のようになるのであろう。

 障害者の小規模作業所に参加した意義は、その中で短い期間であるが自分が情報誌の発行という経験を共有しそこのひとと共感し、そこの暗黙知を蓄積したことであろうか。
 ただそこでとどまっては単なる体験研修にすぎないので、蓄積した暗黙知を他者と共有するべくこのBLOGで客観化し、同様の他の形式知と組合せていかなければならないのだろうと思われる。
 その作業にはITの有効利用により効率的に行える時代になったのだ思う。