CONFIDENCE AND ACTION
信用を語る前に、
自分の行動はどうなんだ。
おはようございます。
UDGARAGEと彼女をこよなく愛する男改め、
スニーカーと彼女にしか興味がない男 ZUMIです。
今日は、信用について少しだけ語ろうと思います。
いや、正確には語るというより、
「信用って何なんやろな」と考える朝です。
世の中には、不思議なくらい一部のことにだけ
異常な熱量を持てる人がいます。
例えばスニーカー。
例えば彼女。
その二つのためなら、驚くほどの行動力を見せる。
欲しい一足のためなら情報を追い、発売日を覚え、歴史を語り、素材や年代や型番まで細かく話せる。
彼女のためなら時間も使う、お金も使う、機嫌も取る、労力も惜しまない。
すごいと思う。
そこだけ切り取れば、情熱的やし、愛もあるし、行動力もある。
たぶん本人も、その時の自分は本気なんやと思う。
でも、人ってそこだけでは測れない。
本当にその人の中身が出るのは、
「自分の好きなもの以外」に
どう向き合うか、やと思う。
● 自分に得がないこと。
● 面倒くさいこと。
● 今すぐ楽しくないこと。
● 誰かとの約束。
● 地味で評価もされにくいこと。
そこに、その人の本質って出る。
してもらうのは当たり前。
誰かが動いてくれるのも当たり前。
段取りしてもらうのも当たり前。
待ってもらうのも、許してもらうのも、
受け止めてもらうのも当たり前。
そんな感覚で生きてると、
だんだん何が怖いかも分からなくなる。
約束もそう。
口では簡単にする。やると言う。行くと言う。合わせると言う。協力すると言う。
でも、その約束は本人の中で
“その場の会話”でしかない。
だから破る時にも何も思わない。
悪いとも思わない。ズレたとも思わない。
下手したら、破った自覚すら薄い。
これ、かなり厄介やと思う。
約束を破る人って、一回一回すごく悪意を持ってるわけじゃないことも多い。
ただ、約束を約束として扱っていない。
自分の言葉の重さを、自分で分かっていない。
しかもそれが、仲のいい友達相手でも変わらない。
「むしろ、仲がいいからいいや」
「分かってくれるやろ」
「これくらい大丈夫やろ」
「後でなんとかなるやろ」
そうやって甘える。
許してくれる相手だからって、
雑にしていい理由にはならない。
外ではいい顔ができる。ちゃんとした言葉も使える。それっぽいことも言える。
「信用、誠実さ、筋、礼儀、大事やんな」
みたいなことも言える。
でも、その口で信用を語るなら、
まず自分の足元を見たほうがいい。
● 言ったことを覚えてるか。
● 約束を守ってるか。
● 人の好意を当たり前にしてないか。
● やってもらう前提で生きてないか。
● 自分が受けてるものに対して鈍感になってないか。
そこを抜きにして信用を語るのは、正直ちょっとしんどい。
なかなかの特大ブーメランやと思う。
信用って、かっこよく語るものじゃなくて、
地味に積み上げるものやと思う。
時間を守る。言ったことをやる。忘れない。流さない。
してもらったことを当然と思わない。
小さい約束ほど雑にしない。
スニーカーに詳しいのはいい。彼女を大事にするのもいい。好きなものに全力なのも、別に悪くない。
でも、それ以外に何も興味がないまま大人ぶると、
だんだん中身の薄さが行動に出る。
約束を軽く見る。
人の気持ちを軽く見る。
支えてくれる相手を軽く見る。
それでいて、自分は信用されたい。
そんな都合のいい話はない。
本当に信用がある人って、派手じゃない。
むしろ地味や。
でも、言ったことをやる。人を待たせすぎない。やってもらったことを忘れない。口だけで終わらせない。
そういう人のまわりには、ちゃんと人が残る。
信用を語る前に、
まず自分が誰かとの口約束をどう扱ってきたか。
それを一回ちゃんと見たほうがいい。
たぶん、かっこつけた言葉を並べるより先に、
直すべきところは山ほどある。
信用は、語るものじゃない。
積むものや。
それができてないうちに語る信用は、だいたい自分に返ってくる。
まさに特大ブーメランってやつやなと思う朝でした。
Written by ZUMI