こんちは~
昨日、30年来の付き合いのママ友たち数名で
集会所でしゃべりまくるという会を開催して
いろいろと話しまして
そこで「孤独」ということが話題に出まして
それぞれタイプは違うけど
孤独を感じているということは
共感できました
なのでこういう会を開いて話すことが大事だと
いうことになりました
それはそうと
私はここでいつも愚痴っているように
頭の中は苦悩でいっぱいで自己肯定感がなく
喜びが継続しないで困っているわけですが
周りの人には全くそれがわからないらしいです
悩みがなさそう
なんでもさらっとやれてる感じ
楽しそう
なんだそうですよ
集団にかかわる問題や悩みについては
その要因や条件を考慮して解決方法を考えて
作業を分担して
自分の苦手なものは誰かにお願いする
自分のできる最善をつくす
てな感じのことはできるんで
そういうのはあまり苦にならないので
多分普通の人が「悩み」と思うことが
悩みにならないのかもしれません
しかし
自分の内なる無能感や虚無感や
勝手に押し寄せる考えや感情
気を抜けばすぐにできなくなってしまうことを
必死にカバーしてなんとかやってることの疲労も
誰にうちあけようとしてもそもそも表現できない
「楽しみを見つければ」
「リラックスすれば」
「自分で自分を褒めれば」
と言われるだけなのもわかっていますし
そんなことはわかってるけど
脳のなかに大きな穴、というか闇というか
そういうものがあることは誰にもどうしようもなく
話さないだけなんですけどね
ADHD的な表面上の勢いが
他者にはインパクトが大きいんでしょうね
いい面でもあるし悪い面でもある
明るい人に見えることはいいことだけど
例え苦しい状況を話したとしても
なんだか「この人は大丈夫」
と思われがちで助けてもらえないってのはありますね
それを乗り越えてしまって
本当にパニックになって泣いたこともあるんですけど
かえって不気味がられて
結局助けてもらえなかったという経験がありまして
めっちゃ傷ついたので
もう無理だという結論に至りました
追記
何が虚しいって
「必死に頑張っても中途半端にしかできない」のに
「適当に手を抜いて気楽にやってるからこの程度」
というふうにいつも思われることよ
どうしても漏れはあるし集中力が続かないから
完璧にはできない
でも間に合わないことのダメさはわかってるから
兎も角提出するってとこまでは学んだ
それで出したとて
「もっと頑張ればできるとこを楽してる」
と思われることの厳しさよ
追記終わり