今回の記事も独断と偏見なのでそこをご理解くださいよ
発達障害(というかコミュニケーション障害)を持つ人の一部には
結婚にこだわったり
生涯のパートナーにこだわったりする人がいるように思える
またそういう障害者の親も
自分の子に配偶者や生涯のパートナーができることを
望んでいる人がいるように思える
いわゆる「理解ある彼」「理解ある彼女」というもの
勿論誰もが愛する人愛される人を求めるものだから
生涯のパートナーを求めることは自然なことなんだけど
一部の発達障害者は相手に
自分のありのままを認めてもらい
要望に応えてもらうことには関心があるのに
相手に対して自分自身も
相手がありのままでいられる環境を与えてこそ
成り立つ関係であることを
わかっていないような気がする
パートナーはドラえもんでも魔法使いでもなんでもないのに
そんなような存在だと見なしているような・・・
自分が子どもでいる間は
親は子供目線で子供が生きやすいように
心を配り環境を整備するけれど
それと同じこと、いやそれ以上のことを
パートナーが叶えてくれることを夢見ている
(あるいは当然だと思っている)ふしがないだろうか
大人になると自分の生きづらさや
社会との衝突が増えてきて
そのストレスを解消してくれる相手を
親以外に求めているような?
親自身もそういう役割を担ってくれる人が
現れることを求めてないだろうか
本来は
「愛する人と家族となり
愛する人を幸せにするために
自分の苦手に自分で立ち向かう
自分の欲望や拘りよりも
新しい家族全体の事情を優先して判断し行動する」
その経験値を積むことで
障害を持ちつつも幸せを得る
これが正しいと思うんだけど
結婚=自分を無条件に支援する人をゲットすることと
勘違いしてないだろうか
もちろん人によっては
「この人を死ぬまで支援する」
「自分の問題は自分で解決してこの人には支援される気はない」という覚悟で結婚する人もいるでしょうけど
それはごく少数派だと思うから期待しちゃいけないと思うんだよね
むかしの妻の立場はこれに近かったのか
だから今は結婚する人がいなくなっているわけだ
親が死ぬまでは親が支援者となる図式