おはようございます。

すみません。

体調悪くて予定通り起きられませんでした。

今日も接骨院へ行って治療してきます。

今日は10月1日 木曜日ですね。

昨日はもしも依頼について書きました。

今日は【ファーブラ・フィクタイズム】の中の強者感について書きます。

【ファーブラ・フィクタイズム】の世界での強者感ですが、他作と大きく異なります。

まず、強さはひけらかさないです。

他作ではどっちが強いかとやると思いますが、今作群ではそれは弱者がやることと定義しています。

強者であればわざわざ証明しなくても弱者が勝手に理解すると言う考えです。

弱いからこそ、自分は強いんだと誇示する必要があると切り捨てています。

また、ラスボス側に正義がある事で、主人公がいくら苦しんでもストレスが感じにくくしています。

他作ではラスボス側がいろいろネタを出してくると嫌がらせや犯罪行為と受け取られがちですが、ファーブラ・フィクタイズムではラスボス側が萌えキャラの場合が多いので謎やアトラクションを提示してくれてドキドキさせてくれると感じやすく設計しています。

また、【クアンフェヴァ】は最強だから、煩わしい護衛はいらないと言う考え方も他作には無いですよね?

他作の最強なのに強い護衛に守られていると言う考え方は人間の王様的な考え方だと思います。

本当に強ければ自分の行動を制限しなくてはならない護衛は面倒くさいので連れて歩きたくないですよね?

戦ってみるまでどっちが強いかわからないと言う発想は微妙な力の差しかない人間的な発想に過ぎない。

他の物を壊したりするバトルという方法でしか強さを計れないのは下等な生命体の表現に過ぎない。

非効率極まりないバトル以外にも強さを計る方法は腐るほど存在する。

その深域には強いか弱いかの二択しかない人間の発想ではたどり着けない。

そこまで至らない。

と言う様に本物の強者とはこうあるべきと言う定義で【ファーブラ・フィクタイズム】は設計しています。

まぁ、他の作家さんからはけんか売ってんのか?と言われちゃいそうですけどね。

でも、僕の考える本物の強者はこういう感じです。

と言う事で今日もよろしくお願いします。