これは【姉とはなんぞや100箇条】と呼ばれるものだった。
 【姉】はこうであるべきとされる項目が100種類あり、それを復唱していくというものだった。
 【姉妹】と一口に言っても、関係など人それぞれ、存在それぞれである。
 全ての【姉妹】が【姉とはなんぞや100箇条】に当てはまる関係ではあり得ない。
 中には憎み合い、殺し合う【姉妹】だっているし、生後生き別れて、一生会わない、お互いの存在を知らないまま生涯を過ごす【姉妹】だって中にはいるのだ。
 つまり、この【姉とはなんぞや100箇条】は、【クアトゥウス】が【姉】とはこうであった方が良いというあくまでも自分の希望を言っているだけだった。
 また、クアンスティータが女性ではなく、(両性具有でもない)おんこという性別であるので、【クエニーデ】も【妹】――つまり、女性で生まれるとは限らない。
 だが、【クアトゥウス】の中では【クエニーデ】は可愛らしい【妹】という事で決まっていた。
 それを、【スウェンセー】という先生役の存在を作って自分自身に言い聞かせているだけだった。
 ただ、それだけの話だ。
 言ってみれば自己満足の世界だった。