以前住んでいた家の庭から
空を仰いで撮った飛行機雲
その後、庭の木々は新しい所有者に伐採され、
洒落た家が建てられた。
この庭で枇杷の実を収穫し、
花や苺を育てたり、
BBQをしていた日々を思い出す。
もう二度と見れない景色。
そして、戻らない時間。
今日はすぐに昨日になり、明日もすぐに昨日になる。
時の経つのは速いもの、
貴重なものだと言いながら、
気が付けば時間を活かし切れていない自分が居る。
菅氏はある特定の層に対して迎合する道を選択した。
この国が抱える問題の本質を知らない故の結果である。
国とは?国民とは?
その定義すらあやふやで、更に言えば出鱈目では、
この国を正しい方向に導くことは不可能であり、
菅氏には、この際政治のトップの座を降りて頂く必要がある。
私は、小沢氏の確固たる支持者ではないが、菅氏よりは遥かにマシである。
そして気になるのが、今回の代表選に於いて、
菅氏支持に回った政治家達である。
動機が様々であるのは当然で、その政治家達をひと括りには出来ないが、
今後の彼等の動向を注視しておく必要がある。
何故なら、彼等が一般市民のことを考えているとは到底思えないからだ。
口では何とでも言えるが、ここで菅氏支持という決断をしたという事実は、
彼等の政治に対する認識を明確に現すものである。
どちらに付くのが有利かなどという問題では無く、
今回は政治家として菅氏に付いてはいけないのだ。
菅氏の支持に回るという決断は、
常日頃、国民の為の政治をと発言しているならば、出来ない事であり、
してはいけない事だという事に気付くべきである。
小沢氏の力がどこまで及ぶか分からないが、
過去の流れを断ち切り、この国の捻じれや、理不尽を正して行くのが、
小沢氏の政治理念であることは間違いない。
この国の問題の本質を正しく認識していれば、
我々がマスコミの巧妙な情報操作に踊らされることも無いのだが、、、、、。
小沢氏に対する疑惑は数多くあり、突っ込み所も満載である。
しかし、日本を住み易い良い国にしたいなら、
それらのことは、ひと先ず横に置き、
小沢氏と志を同じくする政治家のみならず、一般市民である我々も、
今回は小沢氏を全力で支えて行く必要があるだろう。
この国には、切り崩さないといけない悪しき構造、流れがある。
その流れを変え、切り崩す事を、菅氏に求めるのは酷であり、
もっと悪い方向に行く可能性が極めて高い。
また小沢氏には失礼かも知れないが、ここは「ぶち壊し屋」の本領を発揮し、
悪しき構造を切り崩して、次につないで頂きたいと思っている。
音楽は、個人の好き好きで、今の傾向(後述)にもの申す気はサラサラないが、
良い曲だな~と思える曲がなかなか聞こえて来なくなって久しい。
J-POPの主なリスナー、及び購買層が、ティーンエイジャーであり、
そこに照準を合わせないと、企業としてもアーティストとしても成り立たないのは分かる。
しかし主たる顧客のニーズに合わせることに注力する余り、
アーティストの意向は、色んな意味で削られ、結果的に無視せざるを得ないということが起こっているような気がする。
ティーンエイジャーの音楽の聴き方は、一昔前と随分変わっていて、
はっきり言ってしまうと、その大多数の人が使い捨て感覚で音楽を聴くようになっているようだ。
そのことの是否はともかく、私がティーンエイジャーの頃は、
古い表現を使えば、ひとつの曲をすり減るほど聴き込んだものだ。
聴き方に変化が起きた背景には、様々な要素が考えられるし、そうなってしまったことを、とやかく言っても意味が無い。
それよりも、次々と出て来る新曲が、どこかで聴いたような旋律だったり、良く似た音色(デジタル音源に打ち込み)が多用され、楽曲に新鮮味と音自体の魅力が感じられず、ほとんどが、ナニナニ風ということで片付いてしまうことに、なんとも言えない寂しさを感じる。
優れた才能も、デジタルの世界に取り込まれ、色んな意味で圧縮され、聴き手に届かないまま、使い捨てられてしまっているような気がする。
そうは言っても、その背景にも、様々な要素があり、具体的にどこが問題だとは一概には言えず、ある意味必然なのかも知れない。
しかし、音楽産業で現在主流を占めている大手と呼ばれる会社が、
それで良しと考えているのなら、この状況が好転する可能性は、限りなくゼロに近いだろう。
経営を考えるのと同じだけの情熱で、音楽の質の向上を目指し、現状を打破し、音楽産業全体の発展を追求して頂きたい。
リスナーも、アーティストも泣いています。