代償 臍帯血移植を受けるまでとそれから。

代償 臍帯血移植を受けるまでとそれから。

2011年、慢性活動性EBウイルス感染症を発症しました。

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彼に話すとなんの迷いもなく
私達家族がなやんだのがバカらしく思えるほど
受精卵の保存に賛成してくれました。
私はこの上なく幸せでした。
彼の両親も保存に賛成してくれ
お互いの家族の賛成が得られたので特別に婚約でも受精卵での保存を認めていただけました。

そうして採卵の準備に入りました。
採卵は抗がん剤治療を一時中断をし、排卵時期を見極めて成長した卵子を手術で取り出すというもので
自費の治療となります。
しかし日本の法律では自費の治療と入院での保険診療を同時に行うことはできません。
採卵の為の治療を行うには退院しなければならないのです。

血液科の医師とも相談し病状の落ち着いた時を狙い退院し、採卵、すぐに治療を再開するという予定でした。
期限は長くても2週間。
私の病状が悪化したらすぐに採卵を中止し、治療をはじめるという条件付きでした。

そして今なら退院できるというタイミングの検査で
排卵直後だった事が発覚しました。
次のチャンスは一ヶ月後。
絶望感でいっぱいでした。
四週間も自分の身体がもつとは思えなかった。
我慢しても我慢しても涙が溢れ続けました。

だけど血液科の医師も婦人科の医師も
やれるだけやってみようと前向きに考えてくれました。
その支えもあり退院して採卵に備える事になりました。

しかし二週間後の血液科の外来で肝臓の数値が悪化。
帰れるレベルではなくなり緊急入院となりました。

でもその時は泣く事はありませんでした。
血液科の医師は申し訳なさそうに
深刻な顔をしてやってきましたが
私は笑って
もういいよ、先生。
と言えるくらいでした。

私は受精卵の保存に挑戦できたというだけでもう満足だったんです。
それだけでとっても幸せだった。
だからもう、採卵出来なくったっていいんだ。

そう思っていましたが
担当の医師は諦めませんでした。
なんとか採卵を実行出来るよう働きかけてくれました。

そのお陰で一ヶ月後、無事に採卵をする事ができました。
婦人科の先生はいつもクールなように見えるのに
私の婦人科の診察に一度も彼が同行しなかった事を心配して無理にでも説明会に呼んでくれたり
受精卵が分割をはじめ、冷凍保存した写真を朝一で病室に持ってきてくれたり
喜んでくれてるのがとてもよくわかりました。

これから治療がはじまる。
いい決心の時間となりました。



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