昨日は久しぶりになみちゃんに会って、ご飯食べて映画観て、どうでもいい話を喋り倒して来ました。 前に私が苦手なナチュラル系の女優さんがテレビで「(人間関係)どうでもいい話をしたくない」と言うてらしたの。 うーん、たぶん彼女とは友達になれないな。 ↑もちろん向こうもお断りだろうけど。(笑 私はね、どうでもいい人とは話もしたくないんだけど、どうでもよくない人とどうでもいい話をするのはめっちゃ好きのね。 私、社交的な人間だと思われることが多いんだけど、どうでもいい人には本当に冷たいの。 マリ造にも、「もう少し愛想良くしろ」と注意されるほど。 ハハハ。 昨日はご飯も映画も、どうでもいいお喋りも楽しかった〜。 さて、映画ね。 まずは台湾映画の「左利きの少女」 母親は屋台で麺屋を始める。 屋台の隣りの雑貨屋の兄ちゃん(めっちゃええ人)は、お母さんが気があって子供達にも親切なのよ。 姉は檳榔売りをしてて、店のオーナーと不倫をしてるの。 ようやく生活が落ち着いて来たところに、姉の蒸発した父(夫)が危篤だと母親に連絡が入る。 母親は家賃が払えなくなるのに、自分たちを捨てた夫の見舞いだの、葬式だのを手配するのよ。 母親、なんでこんなに愚かなんだろ。 でも、この母親、実在する感じに描かれてんの。 いちいちの生活がリアリティー。 少女は祖父に「左手は悪魔の手だ」言われて、まんまと信じて左手で万引きしたりしちゃうの。 存在してはいけない手だと思わされるんだよねー。 だから、この左利きがこの映画の主題。 なんだろう、おじいちゃんもおばあちゃんも、台湾の食堂で見る人たちなのよ。 「いるいる」って感じ。 みんな、メンツにこだわって、誰かが傷つくことに無頓着でちょっとの欲を手放せない。 80%の善意と20%の悪意、どこにでもいる人たち。 最後は祖母の還暦祝いの席で、それぞれの思惑や欲が爆発する。 少女は母親の子供ではなく、姉の子だと親戚一同集まる席で姉の口から暴露される。 あーあ、やっちゃった。 日本でこんなことがあったら親戚とは疎遠になっていくと思うんだけど、それがあの人たちは違うんだよね。 一度爆発しても、またすぐに元の日常が戻るみたいなんだよ。 会食のシーンなんかまんま林ファミリーとの会食だったし、みんな腹に一物を持ってる感じも家族の風景だった。 ↑おばちゃんが林ママに見えた。(笑 いつもどこかで小さな争いが起こってる(たぶん)も、めっちゃ既視感があった。 逞しい人たち。 夜市をウロウロする少女の目線(iPhoneで撮ってるらしい)とか、目線を追った映像が余計にリアリティーを感じる所以だと思う。 好きな映画だったわ。 15分後に観たマイプライベートアイダホ」 35年前じゃ仕方ないよね。 ナルコレプシーを抱えるマイク(リバー・フェニックス)と裕福な家の坊ちゃんのスコット(キアヌ・リーブス)。 青春ロードムービーというやつなのかな。 ポートランドの街で体を売りつつ(男女共)、退屈な日常を過ごしてるの。 マイクの母親を探しの旅に出て、途中でそれぞれの居場所に戻っていくというもの。 熱い時間は過ぎて、賢く生きるヤツとそうじゃないヤツ。 裕福な家のスコットは仲間を切り捨て上流社会にスッと戻って、スコットは根無し草のまま。 上流社会に戻って、シュッとしてたスーツを着たキアヌリーブスは抜群に格好いい。 ↑若い頃の彼の顔、私の好みのドストライクなの。 なんかさぁ、マイクは底辺から抜け出せずに、ロクな最期を迎えないラストだったの。 リバーフェニックスの私生活と被って、切なくなったよ。 人は育ちから逃れられないのかなぁ。 切ない。 |