死ぬ時。 | 鬱と毒 by cherniy

鬱と毒 by cherniy

鬱病を主とした複合的精神疾患と寄り添いつつ前進する日々を綴る。

15年程前営業をしていた時
つるんでいた同期が若いのに
よく言っていた。
「自分の価値は死ぬ時に決まる
自分が死ぬ時に大切な人が
自分の周りに何人いるかだ」と。
当時はイケイケバリバリの
職業人だった私は特に気にも
止めず聞き流していた。

しかし病を発症した今、
彼女の言葉の真意が何処に
あったのか?とよく思い出す。

未だ無意識だった頃から今に至る迄、
数えられない程自死行為をした。
だが、私は今生きて書いている。
だが
父は首を吊り独りで逝った。
母は闘病の末、施設のベッドで
医者が見守る中ではあるが
身内が誰一人いない中独りで
逝った。
私は父の死に目にも母の死に目にも
会えなかったという経験をした。

今…
やっと2週間分の薬を手にしても
多量服用する事も無くなった…今、
死ぬ時の事をよく考える。
決して「死に方」ではない。
いつか訪れる「死ぬ時」だ。

その時、私は
「ありがとう」と一言だけでも
伝えるべき人に言いたい。。。
と考える様になった。
だから
自死するわけにはいかない。

だから、希死念慮と対峙し
希死念慮を
ありったけの渾身の力で
押さえこむ。
しかし希死念慮という化物は
想像を絶するモンスターだ。



Android携帯からの投稿