頂いた写真です・・・。

 

 

梅なんだそうです・・・

梅と桜の違いなんだかよく分かりませんね・・・

 

 

ともかく、ありがとうございます。

 

まあ、我々、信仰者というものは・・・、

 

普通、いろんなことが起きても、ちょっと良くないようなことが起きても、

・・・これも何か意味があるんだろう。

何かの過去の清算なのかな。

 

など考え、受け止めて、感謝する人も多いと思います。

 

また、他人の欠点よりも、長所をみるようにしようと

心がけている人も少なくないと思います。

 

・・・私も小さいことには、かなりおおらかな性格です・・・。

 

人に対しても・・・そうです・・・。

 

・・・ただ、神様は悪に対しては、見過ごさないで、

悪を撲滅してくれる人を願っている面もあるかもしれないですね・・・。

 

そうしないといつまでも天国が来ないわけですし・・・。

 

問題を問題として、的確に把握し、責任を持って対処できる人、

というのも天が必要とする人なのかもしれませんね。

 

私は、おおらかな性格なのですけど・・・、

アボジ(文鮮明ムン ソンミョン 真のお父様:以下 アボジ)の

威信にかかわる問題・・・、アボジの「み言」の権威にかかわる問題に

ついては、熱くなる方なのかもしれないと思います。

 

できれば、火の呼吸ではなくて、水の呼吸がいいんですけどね・・・。

なんのこっちゃですけど・・・。

 

先回の「み言」で、あと何ヵ所か、心に残ったところを紹介しようと

思っています。

今回、一ヵ所だけ訳すことができたので、とりあえず、

載せます。

 

ホントは、いっぺんに全部載せたかったのですが、残りはまた別の機会です。

 

자기가 원리를 중심삼고 비교할 수 있기 때문에 지금까지 살아남았지, 까딱 잘못하면 저 꼭대기에 가서 휙- 날아가 버리고 말아요. 꼭대기에 올라갔다고 좋다고 생각하지 말라구요. 원리를 몰랐다가는 깨지는 거예요.

신령한 역사는 잠깐이에요. 그걸 중요시하지 말라구요. 원리예요. 원리 말씀이에요. 알겠어요? 선생님이 복잡한 영계의 활동 가운데서 살아남은 전승기예요. 기념기라구요. 기념 전승기예요. 후대 사람들이 걸리지 않게 그런 복잡한 세계를 어떻게, 이 세계의 공간에 모든 사탄들이 우글거리는 것을 어떻게 뚫고 나가요? 개인 완성을 어떻게 하고, 가정․종족․민족․국가 완성의 해방권을 어떻게 하고, 하나님을 중심삼고 해방․석방권이 어떻게 된다는 것이 다 있는데, 명주 꾸리가 전부 다 헝클어져 있는 것을 첫 끝을 중심삼고 끝을 해서 같이 쭉 빼 가지고 풀 수 있어요? 그런 일이에요.

 

 

自分が原理を中心として比較することができるので今まで生き残ってこれたでしょう、下手をすると、どこかのてっぺんからヒューと吹き飛ばされてしまうのです。

てっぺんに登りつけて良かったと考えるなというのです。

原理を分かっていなければ、崩れていくのです。

 

神霊の役事は瞬間に過ぎません。それを重要視するなというのです。

原理です。原理の「み言」です。分かりますか。

先生が、複雑な霊界の働きの中で、生き残った「戦勝記」です。「記念記」だというのです。「記念 戦勝記」です。

後代の人たちが引っかからないように、そのように複雑な世界をどのように、この世界の空間にすべてのサタンたちがうじゃうじゃしているのをどうやって突き抜けて行きますか?

個人完成をどのようにして、家庭・氏族・民族・国家完成の解放圏をどのようにして、神様を中心として解放・釈放圏がどのようになされるのかということが全部あるのですが、絹糸が全部もつれて絡み合っているのを、端っこをもって、すーと引っ張っていって全部ほどくことが簡単にできますか? そのようなものだというのです。

文鮮明ムン ソンミョン先生 み言選集 第506巻

2005.09.05 アメリカ アラスカ コディアック ノースガーデン 

「個人主義と家庭主義」より

 

清平のイギソン苑長も言われるように、霊的な役事は、悪霊によるものも

多いわけです。

偽物か本物なのか、神様の働きなのか悪霊の働きなのか、

それらを正確に判断し、だまされないためには、

 

原理と「み言」の深い理解と正確な理解が絶対に必要ということなのでしょう。

 

激しく祈れば、霊界に通じ、霊的な経験をするようになりますが・・・、

それらを正しく受け取り、正しくコントロールし、正しく解釈しなければ、

霊界に通じないほうが良かったという結果にもなりかねないわけです。

 

まずは、しっかりと原理武装することが何よりも大切ということです。

 

私もそう思います。

 

下に、先回の紹介した「み言」の部分も添付しておきます。

 

・・・

それでもって、電話しないとダメ? 

息子の家に行くのに電話をして行かないとダメ? 

この野郎! 

お前たちが、電話が来る前に訪ねて行って侍ることがどうしてできないのかということなんだね。

アメリカの子供たちも父親に対して

 

「お父さん、どうして電話くれなかったの? ディナーありませんよ。ランチありませんよ。外で買って食べて下さいね。」

 

こう言うんだよ。

 

こんな考えが、家庭を破綻させてあまりあるんだね。こんな習慣、観念なんかは、無くしてしまわないとね。そうできなけば、自分自身が滅ぶんだよ。粛清されてしまうよ。

共産党的に言うと、自己批判と何裁判? 「人民裁判!」 人民裁判でなく天民裁判の時代が来たんですよ。

 

・・・

・・・

・・・

 

先生はいい加減に生きないんですね。

オモニがしようというままにしないんだね。

神様がしようという通りするんです。

オモニが神様がしようという通り、すべてのことが出来ていないので、オモニを前に立てることができないんだね。

嫌だとしてもオモニも父母様(アボジのこと)を前に立てておいて、こうしよう、ああしようとしないとダメです、

自分たちだけで、こうしよう、ああしようとしたら原則が狂ってしまうんだね。

 

 

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