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梅満開の「岩津天満宮」さんへ、散歩で出かけてきました。

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白梅も

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紅梅も満開

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階段を上っていきます。

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拝殿が見えてきました。

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 宝暦9年(1759年)信光明寺第22代の一誉が伊豆国の芭蕉天神ないし相模国の荏柄天神を勧請したといわれる。
 明治維新後の神仏分離令により、管理が信光明寺から、岩津村へ移すことになった。しかし1879年(明治12年)、火災により、境内は焼失した。これを聞いた、三河へ布教に訪れていた富山県の芦峅寺の大阿闍梨鑁が屋敷をねぐらとして借りていた碧南の実業家、服部長七に援助を依頼し、社殿を再建した。1900年(明治33年)6月に臨時祭典を執行し、1911年(明治44年)に本殿を、1920年(大正8年)に現在の拝殿を造営した。
 また、トヨタグループの創始者である豊田佐吉が病弱だった子供の頃、健康祈願のために歩いて参拝に来たというエピソードが残っている---Wikipediaより---

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神橋へ戻ってきました。

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受験シーズン真っ盛り、平日でも多くの方が参拝して見えました。