東田神明社さんをあとに、安久美神戸神明社(あくみ・かんべ・しんめいしゃ)さんへ

画像は東田さんをお参りする前のものが含まれています。

イメージ 2
第一の鳥居

イメージ 3
第二の鳥居

イメージ 4
鬼(写りが悪くて、すみません)春の訪れを告げるお祭りとして、有名です。

イメージ 5
拝殿

イメージ 6

イメージ 7
社務所の「トヨッキー」

イメージ 8
土鈴

イメージ 9

イメージ 10
御由緒
 天慶三(九四〇)年、平将門の乱平安の奉賽として、朱雀天皇より伊勢神宮に三河国の飽海荘が寄進されました。その際、伊勢神宮祭主の庶流大中臣基守がこの地の司として赴き、天照大神を奉斎して地域の繁栄を祈願したのが当社の始まりと伝えられております。この地で作られた米・酒・絹・油・糸・紙など毎年伊勢神宮に奉献されていたことが、神宮雑例集等に詳しく記載されております。当社の社名は、この地域「安久美」の「神戸(伊勢神宮の神領地)」に創建された「神明社(天照皇大神を祀る神社)」という意味です。
 やがて、武家政治が台頭すると、戦国武将からの厚い庇護を受けるようになりました。三河国を治めた今川氏は、社殿の造営をはじめ、社領・太刀・祭礼に用いる神面など、非常に篤い尊崇を寄せました。永生二(1500)年、今川氏親公は牧野古白に命じて今橋城(吉田城)を築く際、社殿を改築して城内鎮護・鬼門守護の神「城内神明宮」として奉斎しました。以来歴代の城主(藩主)の恭敬も篤く、式年の造営・神宝の奉納等はもとより、参拝・ご祈祷など折々に行われ、明治に至るまで受け継がれてまりいました。
 明治十八(1805)年、旧社地(現在豊橋公園)が陸軍用地になったのに伴い、現在の
地に奉遷されました。大正十二(1923)年には社格を県社に列され、当地を代表する神社として衆庶の崇敬は一層のものとなりました。
 現在の社殿は昭和五(1930)年に造営されたもので、平成二十二(2010)年には国の登録有形文化財に指定されました.。---当社・しおりより---

イメージ 1
 平成二十七年五月六日  奉拝