今回の歩いて、御朱印は岡崎・上地八幡宮さんです。

県道483号線の方から、奉拝



参道が踏み切りとなっています(この時上手に撮影できませんでしたのでのちほど)


手水舎

ご本殿


土呂八幡宮さんからの帰り、上手に?撮影できました。
この神社は、かつての土地郷士「大見藤六」の屋敷に隣接した小さな祠でした.。しかし、元暦元年(1184年)源頼朝の弟、源範頼公がここを訪れ転機がやってきます。それは、元暦元年、範頼公が平家討伐の出兵の途中、この場所を通行した時のことです。たまたま藤六の家に休息した折り、藤六が丁重にもてなしていると、範頼が屋敷の隣にある小さな祠を見つけ、この祠は、何の神さまをお祀りしている祠かと尋ねました。藤六が「八幡宮がお祀りされております」と答えたところ、それを聞いた範頼公は、八幡宮は私の氏神であり守り神であると大変喜び、ぜひとも日頃の御礼を申し上げ、戦勝を祈願したいとお参りをはました。そして、範頼公は「私がこの戦いで勝利を収めることが出来たことなら、ぜひともこの小祠を立派な社殿に建て替えさせてほしい」と約束をして、戦に向かったのでした。
勝運の守護神・八幡宮の御神徳により平家が壇ノ浦に滅び、範頼が三河の守護となると.、この八幡宮に鎌倉の鶴ヶ岡.八幡宮の御分霊をあわせ、建久元年(1190年)に立派な社殿を造営しました。
・・参拝のしおりより・・・

平成27年3月31日 奉拝