彼は、江戸時代後期の薩摩藩の家老だった。
島津斉興に仕え、天保9年(1838年)には家老に
就任。
当時、薩摩の財政は、500万両にも及ぶ借金を
抱えて、破綻寸前だったらしい。
これに対し、広郷は
行政改革・農政改革を実施。
商人に対しては借金を250年の分割払いにし、
清との密貿易も実施、砂糖の専売制も実施。
等々の財政改革を行い、
天保11年には薩摩の金蔵に250万両の蓄えがあったという。

いろいろ言われる経歴の持ち主だが、
薩摩藩の財政が再建できたのは、広郷のおかげですね。

岡山では、もちろん、山田方谷。
岡山、備中松山藩の救世主であったわけですが、
やはり、彼のような人物も居られたんですね。

上杉鷹山しかり。