吾(われ)十有五(じゅうゆうご)にして学に志す
(為政第二 4)
私は、十五歳で学問に志した。
「風姿花伝」(世阿弥 応永7年(1400年))には、こうある。
――
第一 年来稽古条々
この芸において、大方、七歳をもて初めとす。
このころの能の稽古、必ずその者自然とし出だす事に、
得たる風体あるべし。舞・働きの間、音曲、もしくは
怒れる事などにてもあれ、ふとし出さんかかりを、
うちまかえせて心のままにさすべし。さのみ。よき、
あしきとは教ふべからず。
――近年、習いの早いことを良しとするむきがあるが、
その習いが単なる技術や情報のレベルで扱われていては、
体ににはしみこまない。習いの意義が、守、破、離の
プロセスの中で伝えられ、見守られ、確かめられること
が大事ではないだろうか。
(久井 勲)