今日、駅のプラットホームで椅子に座って電車を待っていた。その席に座る際に、隣の席に座っていた3歳くらいの女の子に、隣に座るが良いか?と挨拶をした。それで仲良くなった。
 その子は、電車がなかなか来ずに退屈だったので、椅子から滑り降りて立つ動作を何度も繰り返していた。
 女の子は「滑り台」と言って遊んでいたが、僕は、確かにそれは面白いし不思議な現象だよねと内心思った。

 椅子から滑り落ちて、足が地面に触れると、体が真っ直ぐ立つのである。
 そんなの当然ではないかと思う人が、ほとんどかもしれない。
 先日の僕の体操教室に来てくれた人に説明したことは、人間は魚から進化したので身体の構造がへんてこりんであるということである。だから立てるという事は、実に不思議なことなのである。
 その子は、自分の身体が自分の意思とは無関係に立ってしまうという現象を不思議に思い、滑り降りて足が地面に着くと背筋が伸びて足も真っ直ぐに伸びてしっかり立ってしまうのは、実に不思議だ思い、さらに、この現象は「再現性」があるのかどうか確かめるために、何度も椅子から滑り降りて立ってを繰り返していた。
 僕も、その子と同じく、不思議だなと思った。

 僕は、その子よりちょっと長生きしているので、生理学など勉強したことがあり、それを思い出すと、この現象は当然のことであると考えた。

 足底が地面に着いて体重を感じると、足底からの感覚神経は脊髄まで信号を伝え、脊髄の中で神経回路を通じて、腿や脛などの筋肉に縮むように信号を出す。これを「姿勢反射」という。つまり、足底が地面に着くと自分の意思(大脳の指示)とは関係なしに、足の筋肉群が立つように自動的に力が入るのである。

 自分の意思とは、関係なく立てるというのは、不思議な現象である。立つ気が無ければ、椅子から滑り落ちたら、そのまま脱力状態で地面にふにゃふにゃと崩れ落ちるはずである。そうならないのは、実に不思議であると、その子と共感しながら、遊んでいた。
 その向こうに居た母親は、ヘンなオジサンと僕の事を思っていたかも知れないが、子供が大人しく電車を待っているので不問にしていた。しかし、まさか、子供とそういう生理学的な「反射」の実験をしているとは、母親は気が付かなかったであろう。

 この現象は、大変に重要な現象であり、たとえば高齢者が車椅子に座っている際に、足が地面から浮いていたり、足が車椅子のステップに置かれていたりすると、この反射がだんだんと起きなくなっていき、ついにその高齢者は立てなくなるのである。
 こうしたことは、針灸学校の教科書に詳しく書いてある。
 この女の子は、3歳にして、この反射を自分で発見して、不思議な反応だと思っていた。
 僕は説明してあげたかったが、3歳児に反射のことを説明する言葉を僕は持っていなかった。