むか~しむかしのことじゃった![]()
霜月の中頃めずらしく晴れわたったある昼下がりのこと、
一人の男が駅舎近くにある馴染みの『黒豆だし汁茶屋』へ入り、
店の娘っ子に「“みらのさんどええせっと・ぶれんどえす”で」と注文すると、
娘っ子は男にこう答えたそうな、
「ただいま機械に珈琲豆を入れ替えておりますのでしばらくお待ち下さい
」
男にはこんなことは初めてじゃったが、娘っ子に言われるまま
会計所をよけて待っておると、あとから年の頃なら60過ぎの女が2人やって来た。
2人は『本日珈琲』と『あめりかん』を頼んで、男と同じように娘っ子に言われ、
会計所近くの席へ着いて待っておった。
男は食べ物が先に来たので、食べ物を持ち奥の席で飲み物が来るのを待っとった。
それからしばらくして、ようやっと豆も交換が終わったのか、
「“みらのさんどええ”とご一緒に“ぶれんどえす”をご注文のお客様、
お待たせ致しました。」と娘っ子の声がした。
(やれやれやっときたか)、と男は腰をあげてとりにいくと、
女壱「やっとおらのが来たて」と、先ほどの2人の女の一人が、
男より先に、男が頼んだ黒豆だし汁を持って行ってしもうた![]()
(ん
おばちゃんは、あめりかんやったんちゃう
)
男が不審に思っていると、娘っ子が2人の注文した『本日珈琲』と『あめりかん』を
2人の席まで運んで行った。そして、
「あの…お客様がご注文になったものはこちらでして、
この珈琲はあちら
のお客様のものですので…」と2人に説明した。すると、
女弐「あんた(女壱のこと)が間違って持ってきたが~て~
これ、あの人んのらっつぁ
」
女壱「そ~いが~
おら、珈琲はおんなじに見えるすけ
」
娘っ子は女から黒豆だし汁をもらうと、男の席まで届けに行き、男に丁重に謝った。
男は「別にこっちは気にしないですから
」と、逆に娘っ子をねぎらった。
男が食事をしておると、先ほどの女2人、男のところへやって来て
女壱「おめさん、さっきはすまねかったね~。いやいや申し訳ねぇ」
と、自分たちの飲み物を持って、男のいる席にすわった
男は「いえいえ、全然気にしてませんので」と女たちに言うと
女弐「おめさんさ~、これ、よかったら食べてくんなせ
」
見ると、漆黒の容器の中に卵焼き
などが見える
男は「いやいや、ホントに気にしてませんから
どうぞお構いなく
」
女壱「遠慮しねぇでいいて~おらたちも食うすけ
」
男は女たちの気迫に押しつぶされそうになっておると、
女参「あんたたち、はえかったね~」2人の連れであろう、別の女がやってきた![]()
女参「この人誰ら
おめさんの孫ら
」
女壱「いや~実はおらがこの人の珈琲間違ってね~…」
男は(いちいち説明せんといてくれ
)と思っていると、新たに連れが3人到着![]()
女四・五・六「こちら、どちらさん
あんたのお孫さん
」
女弐「いやいや、おもっしぇが~て~実はさ~…」
最初に来た2人は、あとの4人に事の成り行きをこと細かく話し、大声で笑うのじゃった。
男は女たちの中に自分がおることが恥ずかしかったのじゃが、
女6人の目から逃れるのはむずかしく、しかもあとから来た4人も
「おめさん、おれのも食って
うんめ~が~よ~
」などと、
自宅から持ってきた煮つけ
やらたくあん
やら煮干し
などを披露する。
男は(ここを公民館か社員食堂と勘違いしとらんか
)注意を促そうとも思ったが、
女たちの面々から、とても聞き分けてくれそうもないのが見て取れた。
とにかく一刻も早くこの場から逃れるすべを考え、わざとらしく
を見ながら、
「すみません、もう昼休みが終わるんで急がないと…」と言うのが精いっぱい![]()
すると女たちの1人が「そ~いが~
おめさん、じゃぁこれだけ持ってけて~」
見ると、らっぷに包まれたおはぎ
。
男はことわりきれず、「じゃあ遠慮なく。失礼します」と言い残し、急いで立ち上がり、
娘っ子の横を「ごめんね~」と言い残し、そそくさと店を後にしたのじゃった。
男は(出勤前にこんな長々書いてるからいっつも遅刻するんちゃうか
)
こんなことを今日も思うておるそうな…
<声の出演>
男…福山雅治
娘っ子…上野樹里
女壱…泉ピン子
女弐…赤木春恵
女参…夏木マリ
女四・五・六…かしまし娘
ナレーション…市原悦子