アフター・コロナを占う | Live in the flow.

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IT業界とライターの二足のわらじで働くシングルおかん。

アフリカ×日本Mixの3人の息子の子育てをほぼ終えて、3種6羽の可愛いインコたちとのんびり暮らしています。


緊急事態宣言発令からそろそろ2週間。
当面予定していた5月6日には全面解除は難しそうだ…という雰囲気が高まってきているようですね。

外出自粛には賛否両論あるようですが、もともと可能な限り家から出ずに過ごしたい私には、外に出られないストレスというのはあまりありません。
仕事はほぼ完全テレワークになり、通勤時間がいらなくなったおかげで、生活に大いにゆとりが生まれました。

ゆとりがありすぎて、なんなら毎日掃除機をかけている始末。
新型コロナのパンデミックが深刻な問題であるのは確かですが、個人的にはこのまま死ぬまでテレワークでも構いません。

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コロナといえば、最近「A.C.  B.C.」といつ表記をしばしば目にするようになりました。なんのことかと思ったら、「After Corona(コロナ前)」と「Before Corona(コロナ後)」のことだとか。

新型コロナウィルス、恐れ多くもジーザス・クライストのお株を奪う…

「コロナは簡単には克服できないから、"After"ではなく"With Corona"の心構えで挑まねばならん」という意見もちらほら出ていて、これには私も同感です。

ウィルスは人間よりはるかに寿命(?)が短く、変化するスピードもその分早い。インフルエンザだってまだ克服しきれていないのに、こんな感染力の高いウィルスを早々に退治できると思う方が間違っています。

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コロナによって世界のあり方が大きく変わろうとしているというのは、多かれ少なかれ誰もが感じている事でしょう。

こ難しい話は賢い先生方にお任せするとして、私がもっとも感じているのは「これで本格的に心の時代に入るのだろうな」ということ。

「そもそも心とはなんぞや」という定義が曖昧な中で「心の時代」なんて事を語るのもなんですが、私の中にあるおおまかなニュアンスは、「精神の価値が物理の価値を凌駕する」ということです。


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話はいきなり変わりますが、SNOWというアプリをご存知でしょうか。
顔写真を色々と加工して楽しむアプリなのですが、このアプリの補正技術がかなり高度で、ちょっとした設定でまるで別人のような顔になります。

参考までに、これが私の補正後の写真。
誰やねん君…。

五十路オカンの寝起きのすっぴんがこうなるのですから、もはやこの世に信じられるものなどなにもありません。
息子に見せたら「アプリ怖ぇ…」と驚愕していました。

すごいのは、ナントこれが静止画だけではなく動画にも適用できるということ。つまり、その気になれば捏造した顔でYouTuberになることもできてしまうのです。

おそらくは近いうちにこうした機能がLINEやZoomに搭載され、現実の姿を晒すことなく人とコミュニケーションをとることもできるようになるでしょう。

昔読んだSF小説に、自分の姿を自由に取り替えて生きる未来の話がありましたが、少なくともデジタルの世界では、既に技術的にそれができる土台が整ってきているわけです。

そこに今回の新型コロナパンデミック。

外出を制限された人々の中に、Zoom飲み会みたいなオンラインでのコミュニケーションが浸透する。
それと並行して、アバターのように自由に自分の姿を変えるのがごく一般的なことになれば、人の共通認識が「物理的な容姿にたいして意味はない」という方向に流れていく可能性は高いんじゃないかな。

同じようなことは、身体や持ち物、暮らしぶりなどにも多分起こってくるでしょう。

そして…およそありとあらゆることを捏造可能なデジタルの世界において、最後に残る「真実」が、精神のあり方なのではないかと思うのです。

まぁ、その精神のあり方すら、いずれはAIによって捏造可能となる日が来るのかもしれませんけれど…。

そうなった時に世界がどう変わるのか…これはなかなか面白い思索テーマになりそうです(^_^)


オマケ

やればできるオカンが昨夜作ったコブサラダ。
アボガドと四種の豆がいい味出してくれました♪