昨年頭に始めた執筆の仕事がお陰様で順調に伸び、そろそろ昼の仕事の収入を追い越すんじゃないかというところまで成長してきました。
ライターとネットショップ運営に区切りをつけてサラリーマンに戻ったのが10年前。
「とりあえず10年」のつもりで始めた社会勉強だったので、予定ではそろそろ元に戻るタイミングではあるのですが、10年近くお世話になった会社に愛着が湧いてしまっていたり、なんだかんだ言って毎月決まったお給料を頂ける安心感を捨て難かったりで、なんとなく踏ん切りがつかずにいます。
それでも、この歳で仕事の掛け持ちはやはり体力的に厳しいものがある。
若い頃に比べて疲れが抜けにくくなって来ているし、やはりここらで思い切るべきか…しかし今は一応年運天中殺中だしなぁ…と、最近サボりまくっている算命学をこんなときだけ持ち出してみたりして(笑)、あれこれ思いを巡らせています。
人生は自分の思い描いた通りになる、というのは確かにそうだと思いますが、困るのはこういう時ですね。そもそも自分がどうしたいのかが自分で分からなければ、思い描きようもありません。
いや、むしろ「願えば叶う」の理論ありきで考えるなら、こういう二足三足のわらじを履いて常に忙しく働く生活を他ならぬ私が願ったのだ、ということになるんだろうか…
と、そんな感じで自分がどうしたいのかが自分でもよくわからなくなっていたので、久しぶりに梅花心易で占ってみました。
易の卦は全部で64あり、占的に対して的外れなものが出ることも多々あるのですが、こんなわかりやすい卦が出るのも珍しい(笑)
そうか、今は動くなということか…と思ったらすっと心が落ち着いたので、ああ、やっぱりそれが答えだったのね、と得心したのでした(^_^)
これは私の持論なのですが、卜占は「どういう結果が出たか」より、「その結果を受けて自分の心がどう反応したか」がポイントではないかと思っています。
たとえば今回なら、艮為山という結果が出て「ああ、やっぱり」と思ったその感覚が、自分でも見えていなかった私の本音。逆に、艮為山を見てなんとなく納得いかないものを感じたのなら、本当は「動きたい」と考えている。
卦なりカードなりで何かしら仮説を立てることで、その先の検証がしやすくなる、そんなことなのかもしれません。
天の声とか神のお告げとか、そういうことは最近ほとんど考えなくなりましたが、迷った時に自分の本音を探すには、卜占は便利なツールなのではないかと思っています。
そんなわけで、ちょっと体は疲れていますが、とりあえずしばらくは様子を見ながらやるべきことを頑張りましょう(^_^)
