「まずはギブから始めるといい」

これまで何度も耳にしてきた言葉ですが、正直なところ、以前はどこか綺麗事のように感じていました。

ギブをしても、必ず何かが返ってくるわけではありません。

むしろ、時間や労力だけが出ていくことの方が多い。

それでも続ける意味があるのか、どこか半信半疑でした。

そんな自分が最近、考えを改めるようになったきっかけがあります。

それが、リール制作やSNS運用を通じた関わりです。

 


現在、リールやSNS運用について、

はっきりとした対価を得ているわけではありません。

仕事として契約を結んでいるわけでもなく、

報酬をいただいているわけでもない。

それでも、不思議と不満はありません。

むしろ、圧倒的な充実感があります。

なぜなら、

「信頼が確実に積み上がっている感覚」があるからです。

 


きっかけは、とてもシンプルでした。

取材や撮影の場で、

「これ、リールにしたら使いやすそうだな」

「この雰囲気、動画で残したら喜ばれそうだな」

そう感じた瞬間に、軽く撮影をするようになっただけです。

最初から、見返りを求めていたわけではありません。

営業のつもりもありませんでした。

ただ、その場で生まれた空気や動きを、

形として残したかっただけです。

 


完成したリールや動画をお渡しすると、

多くの場合、「これ、使っていいんですか?」と少し驚かれます。

こちらとしては、

「どうぞ使ってください」という感覚です。

すると、その動画が相手のSNSで使われ、

お店や活動の紹介として投稿されます。

しばらくしてから、

その投稿を見た第三者が、

「この動画、誰が作ったんですか?」

と聞いている、という話を耳にすることがあります。

自分が前に出なくても、

仕事の気配だけが、静かに広がっていく感覚でした。

SNS運用を通じて感じたのは、

ギブは「すぐに返ってくるもの」ではなく、

「信頼として貯まっていくもの」だということです。

お金や案件という形ではなく、

「この人、ちゃんとしている」

「一緒にやると安心できそう」

という印象が、少しずつ積み上がっていく。

 


もちろん、何でもかんでも無償でやればいい、

という話ではありません。

自分が無理をしてしまえば、続きませんし、

相手にとって本当に役に立たないものを渡しても意味がありません。

 

自分の中で意識しているのは、次の三つです。

・今あるスキルでできること

・追加のコストや負担がほとんどないこと

・相手がそのまま使える形で渡せること

リールや写真、短い動画。

自分にとっては日常の延長でも、

相手にとっては「ちゃんとした素材」になることがあります。

 


今のところ、

リールやSNS運用そのものが、

直接お金になっているわけではありません。

それでも、

焦りはほとんどありません。

なぜなら、

信頼という形で確実に「貯金」が増えているからです。

この人と、あの人がつながりそう。

この動画、別の企画にも使えそう。

この流れ、次の仕事につながりそう。

そう感じられる選択肢が、

確実に増えています。

 


ギブを続けていて感じるのは、

充実感の正体は「自分の立ち位置が定まってきたこと」だと思います。

前に出過ぎず、

でも何もしていないわけでもない。

場を少し整え、

人の活動が伝わりやすくなるように手を添える。

この役割が、自分には合っている。

そう実感できていることが、大きいのだと思います。

 


リールやSNS運用は、

今のところ対価を得るための手段ではありません。

けれど、

信頼を貯める手段としては、

とても相性がいいと感じています。

見返りを急がず、

無理のない範囲でギブを重ねる。

その積み重ねが、

いつか自然な形で仕事につながる。

今は、そう信じられるだけの手応えがあります。

これからも、

売り込むより、まずは整える。

そんなスタンスで、関わりを続けていこうと思います。




 

正直に言うと、

「売らないのに選ばれる」みたいな状態には、

まだ全然なっていません。

 

依頼が次々来るわけでもなく、

放っておいて仕事が増えるほど、

甘い世界でもないと思っています。

 

それでも、

ハブ的な立ち位置で動き続けていると、

確実に変わってきている感覚があります。

 

今日はその変化について、

今の正直な実感を書いてみたいと思います。

 


まず変わったのは、関わり方の質

一番最初に変わったのは、

仕事の量ではなく、

人との関わり方でした。

 

以前は、

何か役に立たなければ、

何か成果を出さなければ、

と思いすぎていた気がします。

 

でもハブ的な立ち位置を意識するようになってからは、

「今は聞く役割だな」

「今は余計なことを言わない方がいいな」

と、一歩引いた判断が増えました。

 

その結果、

会話の空気が少し変わりました。

急かされる感じが減り、

話が長くなり、

本音が出やすくなったように感じます。

 


自分の役割を、無理に決めなくなった

以前は、

自分は何ができる人なのかを、

早く定義しなければならないと思っていました。

 

ライターなのか。

編集者なのか。

 

でも今は、

その問いに、

すぐ答えを出さなくなりました。

 

ハブ的な立ち位置では、

役割は固定されません。

 

話を聞いているうちに、

自然と「今はこれだな」という役割が立ち上がります。

 

この曖昧さに、

以前は不安がありましたが、

今はむしろ楽です。

 


「やらないこと」を選ぶのが上手くなった

変化として大きいのは、

やらない判断ができるようになったことです。

すべてに手を出さなくていい。

すべてに応えなくていい。

ハブでいると、

いろいろな話が目に入ります。

面白そうな話もありますし、

広がりそうな話もあります。

でも、

自分が入らない方がいい場面も、

以前より見えるようになりました。

この判断ができるようになったことで、

無理な疲れ方が減りました。

 


成果が見えにくいことに、少し慣れてきた

ハブ的な働き方は、

成果が数字で見えにくいです。

フォロワーが急に増えるわけでもなく、

売上が跳ねるわけでもありません。

最初は、

この見えなさが不安でした。

でも最近は、

「見えないのが普通」

と、少し受け入れられるようになってきました。

成果は、

後から振り返って気づくものだと、

思えるようになったからです。

 


相談のされ方が、少し変わってきた

まだ仕事として形になることは少なくても、

相談のされ方は変わってきています。

「これお願いできる?」ではなく、

「ちょっと聞いてほしくて」

「どう思う?」

という入り方が増えました。

これは、

すぐに仕事にならないかもしれません。

でも、

ハブ的な立ち位置としては、

かなり大きな変化だと感じています。

 


自分が前に出なくても、場が動く瞬間を見られるようになった

ハブでいると、

自分が何もしなくても、

場が自然に動く瞬間があります。

誰かが話し始めて、

別の誰かが乗って、

いつの間にか話が進んでいる。

以前の自分なら、

ここで何かしなければと、

割り込みたくなっていたと思います。

今は、

その流れを壊さない方がいいと、

感じられるようになりました。

 


自分の強みが、少しずつ輪郭を持ち始めた

「売らないのに選ばれる」には、

まだ遠いですが、

自分の強みの輪郭は、

少しずつ見えてきています。

前に出る力ではない。

引っ張る力でもない。

話を整理する力。

場を落ち着かせる力。

無理のない形を探す力。

これらは、

すぐに評価されるものではありません。

でも、

必要とされる場面は、

確実に存在しています。

 


焦らなくなったこと自体が、大きな変化

以前よりも、

成果を急がなくなりました。

早く形にしなければ、

早く結果を出さなければ、

という焦りが、

少しずつ薄れています。

その分、

一つ一つの関わりに、

ちゃんと集中できるようになりました。

これは、

自分にとってかなり大きな変化です。

 


ハブでい続けることは、信頼を積むことに近い

ハブ的な立ち位置で動くことは、

派手な行動ではありません。

でも、

一貫した姿勢を見せ続けることにはなります。

無理をしない。

出しゃばらない。

必要なときだけ動く。

この姿勢を続けていると、

少しずつですが、

信頼の貯金が積み上がっていきます。

まだ引き出せるほどではありませんが、

確実に残っている感覚があります。

 


今は「選ばれる前の準備期間」だと思っている

今の自分は、

選ばれている状態ではありません。

でも、

選ばれたときに、

ちゃんと応えられる位置には、

近づいている気がします。

ハブ的な立ち位置でい続けることは、

その準備を、

静かに続けることなのかもしれません。

 


変化は、あとから気づくものかもしれない

この文章を書きながら、

改めて思いました。

変化は、

起きている最中には、

案外分かりにくいものです。

でも、

振り返ったときに、

「あの頃とは違うな」

と感じられたら、

それで十分なのかもしれません。

今はまだ途中ですが、

この立ち位置を、

もう少し続けてみたいと思っています。

 

おはようございます。

今日も見ていただき、感謝感激です。

 

 

最近、自分の働き方を振り返ってみて、

「今はこれが一番合っているな」と感じる言葉があります。

それが、ハブ的な働き方です。

 

 

前に出るわけでもなく、

主役になるわけでもなく、

でも、ただの裏方でもない。

 

 

人と人、場と場、考えと考えの間に立って、

流れが止まらないように整える。

そんな立ち位置です。

 

少し前までは、

この立ち位置をうまく言葉にできていませんでした。

でも今は「ハブ」という言葉が、

かなり正確に自分の感覚を表していると感じています。

 


目立つ働き方に、違和感を覚えるようになった

以前は前に出る人の方が評価されやすいと思っていました。

 

発信している人。

分かりやすい実績を出している人。

強い言葉で語れる人。

 

 

そういう人たちを見ると、

自分もそちらに行った方がいいのではないかと、

考えたこともあります。

 

でも、実際に現場に関わるようになると、

少しずつ違和感が出てきました。

 

前に出ている人ほど、

実は周囲がかなり気を遣っていたり、

 

裏で誰かが調整していたりする場面を、

何度も見たからです。

 

表に見えている部分よりも、

見えていない部分の方が、

ずっと重要なのではないか。

 

そんな感覚が、徐々に強くなっていきました。

 


ハブに近い人ほど、場をよく見ている

ハブ的な立ち位置にいる人は、

あまり目立ちません。

 

会議でも、

一番話す人ではありません。

 

イベントでも、

主役ではありません。

 

 

でも、

場全体をよく見ています。

 

誰が話しづらそうか。

どこで流れが詰まりそうか。

今、何を足せば進むのか。

逆に、何を足さない方がいいのか。

 

こうした判断は、

前に出ているときよりも、

少し引いた位置の方がしやすいと感じています。

 

自分は、

この視点にいるときの方が、

自然に力を出せている気がします。

 


ハブ的な働き方は、コントロールしない

ハブ的な働き方の特徴の一つは、

コントロールしないことだと思います。

 

誰かを動かそうとしない。

方向性を押しつけない。

正解を決めつけない。

 

その代わりに、

選択肢を置く。

 

情報を渡す。

余白を残す。

 

すると、不思議なことに、

人は自分で動き出します。

 

これは、

動画編集や文章でも同じです。

 

説明しすぎると、

見る人の想像は止まります。

 

少し足りないくらいの方が、

受け取る側が参加してくれます。

 

ハブ的な働き方は、

人を動かすのではなく、

動きやすくする働き方なのだと思います。

 


責任を取らないわけではない

ハブというと、

責任が軽そうに見えることもあります。

 

でも実際には、

まったく逆です。

 

前に出ない分、

失敗が目立ちません。

評価も表に出ません。

 

それでも、

流れが止まったら、

真っ先に気づくのはハブの位置です。

 

問題が起きたとき、

誰にも気づかれないところで、

調整する必要があります。

 

その責任を、

静かに引き受ける。

それがハブ的な立ち位置だと思っています。

 


なぜ今、この働き方が刺さるのか

なぜ今、

自分はこの働き方に惹かれているのか。

 

一つは、

長く続けたいと思っているからです。

 

前に出続ける働き方は、

エネルギーを多く使います。

 

評価や結果にも、

常にさらされます。

 

自分はその緊張感を、

何十年も保ち続けるタイプではないと感じています。

 

それよりも、

無理をせず、

流れの中に居続ける方が、

長く関われる。

 

今は、

その方が価値があると感じています。

 


好きだと感じる理由は、自然体でいられるから

もう一つ大きいのは、

この働き方だと、

自分が無理をしなくていいということです。

 

声を張らなくていい。

自分を大きく見せなくていい。

分からないことを、

分からないと言える。

 

その代わりに、

よく聞く。

よく見る。

よく整える。

 

このリズムが、

自分の性格と合っています。

 

「頑張っている感じ」が少なく、

でも確実に役に立っている。その感覚が、

今はとても心地いいです。

 


ハブは、主役がいてこそ成立する

大事なことですが、

ハブは単体では成立しません。

 

主役がいて、

現場があって、

動きたい人がいる。

 

その間に立つからこそ、

ハブとして機能します。

 

だからこそ、

主役を尊重する必要があります。

 

出しゃばらない。

奪わない。

邪魔しない。

 

この姿勢を保てないと、

ハブはすぐに崩れます。

 


これからも、ハブの位置に立ち続けたい

今後、

役割や環境が変わることはあると思います。

 

それでも、

人と人の間に立ち、

流れを整えるという軸は、

変わらない気がしています。

 

前に出る人が、

安心して力を出せるように。

 

場が

自然に回るように。

 

そのために、

少し引いた位置から、

手を動かす。

 

今の自分にとって、

それが一番しっくりくる働き方です。

 


今は、この感覚を信じてみる

正直、

この働き方が、

どれくらい評価されるかは分かりません。

 

でも、

今はこの感覚を信じてみたいと思っています。

刺さっている。

そして、好きだと感じている。

 

その感覚があるうちは、

無理に別の型に合わせる必要はない。

そう思えるようになりました。

 

これからも、

ハブ的な位置から、

人や場や仕事に関わっていきたいと思います。


最後まで読んでいただき感謝します。

予祝「今日も納税280万円分の愛と感謝を

循環させていただきました。」

 

最近、動画を撮るときの感覚が、少し変わってきました。
何をどう見せるか、というよりも、
「どこまで見せないか」を考える時間が増えています。

特に、宿や人の仕事場など、
誰かの暮らしに近い場所を撮るときは、
説明を足さない方が、
むしろ伝わることが多いと感じるようになりました。

今日は、そのことについて、
最近の気づきを整理するような形で書いてみたいと思います。

 


設備を撮ると、どうしても「紹介」になる

宿を撮るとき、
分かりやすいのは設備です。

 

部屋の広さ。
きれいなお風呂。
整ったキッチン。
窓からの景色。

 

これらは、
撮ればすぐに内容が伝わります。
見る側も理解しやすいです。

ただ、その一方で、
どうしても「紹介動画」になります。

 

正確だけれど、
少し距離がある。
分かるけれど、
入り込む感じは弱い。

 

最近は、その距離感が、
少しもったいないように感じることがあります。

 


過ごしている目線で撮ると、意味が変わる

そこで意識するようになったのが、
「宿を撮る」のではなく、
「宿で過ごしている自分の目線を借りて撮る」という考え方です。

 

ドアを開ける手元。
部屋に入った瞬間の間。
お茶を入れる動き。
料理の途中で立ち上る湯気。

 

設備として見せるのではなく、
体の動きとして残す。

そうすると、
動画の意味が少し変わります。

 

これは何の部屋です、
という説明ではなく、
「ここにいる時間」が写り始めます。

 


顔を出さないからこそ、誰でも入れる

この撮り方の面白いところは、
顔を出さなくても成立することです。

 

手元だけ。
背中だけ。
足元だけ。

 

そうすると、
見る人は自然と、
その手や動きに自分を重ねます。

誰かの物語を見るというより、
自分がそこにいる感覚に近くなります。

説明を減らしているのに、
想像はむしろ広がる。

 

この感覚は、
文章を書くときにも似ているなと思いました。

 


完成形を見せない方が、余韻が残る

完成形は、
誰が見ても分かります。
でも、その手前の方が、
その場の空気が濃く残ります。

 

「これから何かが始まる」
その途中で止めることで、

 

動画は説明から体験に近づきます。

 


説明を足すと、想像の余白が消える

分かりやすくしようとすると、
どうしても説明を足したくなります。

 

ここが良いです。
こういう設備があります。
こんな方におすすめです。

 

もちろん、それが必要な場面もあります。

ただ、自分のアカウントや、
個人的な発信では、
説明を足すほど、
見る人の想像が狭くなることもあります。

 

「これはこういう場所です」と言った瞬間に、
解釈が固定されてしまうからです。

 


映画っぽいと感じた理由

今回の撮り方を考えていて、
「映画みたいだな」と感じたのは、

たぶん、説明がないからだと思います。

 

 

映画の中で、
登場人物が逐一説明することはありません。

 

 

ただ、ドアを開ける。
黙って料理をする。
外を見る。

 

 

それだけで、
状況や感情が伝わります。

動画でも、
同じことができるのだと、
あらためて感じました。

 


これは編集の話であり、仕事の話でもある

この感覚は、
動画編集だけの話ではないとも感じています。

 

仕事でも、
説明しすぎると、
相手の考える余地を奪ってしまうことがあります。

 

全部決めて、
全部提示して、
全部説明する。

 

それは親切なようで、
実は少し押しつけになっていることもあります。

 

一歩引いて、
余白を残す。
判断を相手に渡す。

 

この距離感は、
自分が大事にしている
Bポジ的な立ち位置とも重なります。

 


前に出ないことで、見えるものがある

自分が主役にならず、
説明もしすぎず、
ただ流れを整える。

 

そうすると、
相手や場所の輪郭が、
自然に浮かび上がってきます。

 

動画でも、
人の仕事でも、
最近はその感覚がしっくりきています。

 

目立たないけれど、
ちゃんと伝わる。

 

その状態を作ることが、
今の自分の役割なのだと思います。

 


これからも、説明しすぎない表現を選びたい

分かりやすさは大切です。
でも、分かりやすさだけが正解ではありません。

 

感じてもらう。
想像してもらう。
少し立ち止まってもらう。

 

そういう表現の方が、
時間が経っても残ることがあります。

動画でも、文章でも、これからも、
説明しすぎない表現を選んでいきたいと思います。

 


今日も、途中のままで出していく

完成形じゃなくていい。
整理されきっていなくていい。

今感じている途中の感覚を、
そのまま出していく。

 

それが、
今の自分の発信のスタンスです。

 

今日撮った映像も、
今日書いた文章も、
たぶん完璧ではありません。

 

でも、
今の自分の目線としては、
正直だと思っています。

 

これからも、
その正直さだけは、

持ち続けます。

 

今日も見ていただき感謝します。

予祝「今日も納税280万円分の愛と

感謝を循環させていただけました」

おはようございます!
今日も見ていただき、
感謝感激です♪


最近、神社を巡ったり、
人に話を聞いたり、
その内容を文章や動画として
残す時間が増えています。


外から見ると、
「いろいろやっている人」
「あちこち動いている人」
と見えるかもしれません。


自分の中では、
やっていることは
ずっと同じだと感じています。


人や場の背景にあるものを、
できるだけ丁寧に受け取り残す、
ということです。


なぜ自分はこの動きを
続けているのかを
少し整理して書きます。

人の話を聞く・神社を見ることは似ている



取材で人の話を聞くときと、

神社を巡るとき。

この二つはとてもよく似ています。

どちらも、
表に見えているものだけでは、
本質が分からないからです。

人も肩書きや実績だけでは、
その人らしさは見えてきません。

神社も名前やご利益だけでは、
なぜそこにあるのかまでは
分かりません。

少し立ち止まって、
背景を知ろうとすると、
初めて立体的に見えてきます。

私は、その立体感を
できるだけそのまま
残したいと思っています。



記録することで、見えなくなりがちな価値が残る

今の時代、
情報はすぐに流れていきます。

SNSで見た投稿も、
数日後には忘れてしまう

ことがほとんどです。

だからこそ、
記録として残す意味があると感じています。


派手ではないけれど、
長く続いてきたもの。
静かだけれど、
確かに支えてきたもの。


放っておくと、
簡単に見えなくなってしまいます。


文章や動画として残すことで、

存在をつなぎ止められる可能性は

高まります。


私は、主役よりも「つなぐ側」に立ちたい



取材や神社紹介をしていると、
前に出ることもできます。

自分の考えを強く語ることもできます。


今の自分が一番しっくりくるのは、
主役になることではありません。

人の話と、
それを見る人。
場所の歴史と、
今を生きる人。

間に立って、
つなぐ役割をすることです。

私は裏方や、
Bポジと呼ばれる立ち位置に、
自然と引き寄せられているのだと思います。


流れが整うと人は自然に動き出します

場を整えることの面白さは、
無理に引っ張らなくても、
人が自然に動き出すところにあります。

誰かが主張しすぎなくても、
声を荒げなくても、
場が整っていれば、
必要な話は前に進みます。

神社も同じです。
長く続いている神社は
人が自然と集まります。

その空気を感じるたびに、
「整える」という仕事の価値を、
あらためて実感します。


神社や人の話は、すぐに答えをくれません

神社を巡っても、
人の話を聞いても、
すぐに答えが出ることは

ほとんどありません。

分からないことが増えることの方が多いです。

その分からなさを、
そのまま抱えておく時間が、
自分にとっては大切です。

時間が経ってから、
ふと腑に落ちることもあります。
別の場面で

意味がつながることもあります。

余白を残すことも、
記録の役割だと思っています。


今日もまた、淡々と残していく



特別な結論が出たわけではありません。
大きな気づきがあったわけでもありません。

今日も神社に足を運び、
それを残しました。

それでいいと、
今は思っています。

この積み重ねが、
いつか誰かにとって、
何かを考えるきっかけになったり、
自分自身の支えになったりすれば、
それで十分です。

私はこれからも、
前に出すぎず、
流れを見ながら、
人と場の記録を、
静かに続けていきたいと思います。



最後まで読んで頂き、感謝感激です。

予祝「今日も納税280万円分の愛と

感謝を循環させていただきました」

最近、自分の働き方について言葉にする機会が増えました。

その中で、しっくりきているのが「Bポジ」という考え方です。

私は、ライキャリのけーりんさんが発信されている

Bポジという概念に強く共感し、所属させてもらっています。


前に出て主張するのではなく、

人と人、人と場の流れが最もよく回る位置に立つという考え方です。


Bポジを自分なりに実践してきた経験を踏まえながら、

「Bポジ・ハブ的働き方」として整理してみたいと思います。

 


前に出ることが正解だと思っていた時期もありました

 

 

以前は、前に出ることが正解だと思っていました。


自分の意見をはっきり言うこと。

実績を分かりやすく見せること。

成果を言語化して発信すること。


 

仕事として評価されないのではないか、

存在感がなくなってしまうのではないかという不安もありました。


実際にいろいろな現場に関わる中で、

少しずつ違和感を覚えるようになりました。


前に出ている人ほど、

実は周囲がかなり気を遣っていたり、

裏で誰かが調整していたり、

見えない支えがあることに気づいたからです。

 


場がうまく回っているときほど、目立つ人は少ない

取材や打ち合わせ、

イベントや撮影の現場など、

いろいろな場を見てきて感じることがあります。

 

場が本当によく回っているときほど、

誰か一人が強く目立っていないということです。


進行がスムーズで、

空気が落ち着いていて、

人が自然に動いている場には、

必ずと言っていいほど、

裏で流れを整えている人がいます。

 

大きな声で指示を出しているわけでもなく、

自分の存在を主張しているわけでもありません。

 

必要なところに必要なタイミングで関わり、

人と人の間をつなぎ、

場の温度を調整しています。

 

その立ち位置に、

とても大きな価値を感じるようになりました。

 


Bポジとは、受け身ではなく「選んだ立ち位置」だと感じています

 

 

Bポジという言葉を聞くと

 

後ろに下がる、

目立たない、

受け身という印象を持たれることもあるかもしれません。


私の実感としては、

Bポジは決して受け身ではありません。

 

「どこに立つと一番流れが良くなるか」

を考えた上で、意識的に

選ぶ立ち位置だと感じています。


前に出ることもできるけれど、

あえて出ない。



主役になれる場面でも、

一歩引く。

 

自分を抑えているのではなく、

場全体を見て判断する能動的な選択です。

 


私が意識しているのは「ハブ」という役割です

Bポジを実践する中で、

「ハブ」という言葉がしっくりきています。

中心に立つ存在ではありませんが、

人と人、情報と情報、場と場をつなぐ役割です。


誰かが動きやすくなるように、

必要な情報を渡す。


話が滞りそうなところを、

少しだけ整える。


緊張している場の空気を

さりげなく緩める。


 

目立ちませんが、

流れを大きく左右します。

 

「見えないけれど、流れの要所にいる」

という役割が、

自分の性格にも仕事観にも合っていると感じています。

 


Bポジ・ハブ的に働くと、関係性が長く続きやすい

 

 

Bポジ・ハブ的な働き方の良さとして感じているのは、

人との関係性が長く続きやすいことです。


前に出る働き方は、

成果や評価とセットになりやすいです。


成果が出ている間は良好でも、

状況が変わると

関係が薄れてしまうこともあります。

 

一方で、ハブとして関わると、

評価よりも信頼が軸になります。


「あの人がいると安心する」

「あの人が間に入ると話が進む」



などの感覚は、

時間をかけて積み上がっていきます。

 

時間とともに育つ信頼のほうが、

結果的に仕事を前に進めてくれると感じています。

 


Bポジは、誰にでも合う働き方ではないと思っています

正直に言うと、

Bポジ・ハブ的働き方は、

誰にでも合うとは思っていません。


前に出ることが得意で、

場を引っ張ることで力を発揮する人もいます。

 

強い言葉で方向性を示す人が必要な場もあります。

 

大事なのは、

どちらが正しいかではなく、

どの立ち位置が自分に合っているか、

場に合っているかだと思います。


私の場合は、

前に出続けるよりも、

流れを整えるほうが、

長く安定して力を出せると感じています。

 


前に出ないことで、見える世界が広がりました

 

 

Bポジを意識するようになってから、不思議と

見える世界が広がりました。

 

人のちょっとした変化。

場の空気の揺れ。

言葉にされていない違和感。

 

前に出ていた頃よりも、

そうしたものに気づきやすくなったと感じています。

 

その気づきがあるからこそ、

次にどう動くか、

どうつなぐか、

どう整えるかを考える余裕が生まれました。

 


Bポジは、静かですが、確実に仕事を前に進めます

Bポジ・ハブ的働き方は

派手ではありません。

 

SNSで分かりやすく映えるわけでもなく、

肩書きとしても説明が必要です。

 

それでも私は、

この働き方が、

確実に仕事を前に進めてくれると感じています。

 

人が動きやすくなり、

話がつながり、

場が回り始める。

 

積み重ねが、結果として、

仕事や関係性を育てていく。

 

私は、そのプロセスを信頼しています。

 


これからも、Bポジ・ハブとして関わっていきたい

これから先、

役割や関わり方は変わるかもしれません。

 

それでも、

前に出ず、

流れを見て、

人と場をつなぐ、

という軸は変わらないと思います。

 

Bポジ・ハブ的働き方は、

目立たないかもしれません。

 

誰かが主役として輝くために、

その土台を整える仕事は、

確かに存在しています。

 

私はこれからも、

その立ち位置を

自分で選びながら、静かに丁寧に、

仕事を続けていきたいと思っています。

 

最後まで読んでもらい感謝します。

予祝「今日も納税280万円分の愛と感謝を

循環させてもらえました。」

おはようございます。

今日も見ていただき感謝感激です。

 

 

最近、自分の働き方について、改めて考えることがあります。

その中で、はっきりしてきたのは、

私は意識的に「黒子に回る働き方」を選んでいる、ということです。

 

 

前に出ること。

自分を強く打ち出すこと。

分かりやすい実績をつくること。

 

 

そうした働き方が評価されやすい時代だと感じることもあります。

それでもあえて、少し引いた位置に立つ働き方を選んでいます。

理由を自分なりの言葉で整理してみたいと思います。

 


前に出ることで、見えなくなるものがあると感じています

 

 

自分が前に出るとどうしても、

自分をどう見せるか、という視点が中心になります。

 

 

どんな言葉を使うか。

どう見られているか。

どう評価されるか。

 

 

もちろん必要な場面もあります。

仕事として、前に出ることが求められることもあります。

 

 

一方で人や場そのものよりも、

「自分」が中心になりやすくなる感覚があります。

私は少しだけ違和感を覚えることがあります。

 

 

人や場を見に来ているはずなのに、

いつの間にか、自分をどう見せるか

意識が向いてしまう。

 

 

分がやりたい仕事の形とは、少し違うと感じています。

 


黒子に回ると、場全体の動きが見えてきます

 

 

少し引いた位置に立つと、

不思議と、見えてくるものが変わります。

 

 

誰が、どこで支えているのか。

誰が、どんな気遣いをしているのか。

誰が、無理をしているのか。

誰が、場を回しているのか。

 

 

主役の近くにいると、

どうしても、主役の動きに目が行きます。

少し距離を取ると、

場全体の構造が、自然と見えてきます。

 

 

私は、「構造が見える感覚」が、

とても好きです。

 

 

構造が見えることで、

何を整えればよいのか。

どこに負荷がかかっているのか。

どこを支えれば、全体が楽になるのか。

 

 

判断がしやすくなるからです。

 


黒子の仕事は評価されにくい

 

 

正直に言うと、

黒子の仕事はすぐに評価されることは

あまり多くありません。

 

 

・準備をしていた人

・段取りを整えていた人

・空気を読んで動いていた人

・トラブルを未然に防いでいた人

 

 

何も起きなかったときほど、

「何もしていないように」見えます。

実際には、何も起きなかった

という結果の裏側に、

たくさんの動きがあります。

 

 

私は「見えにくい仕事」に、

自然と価値を感じてしまう

タイプなのだと思います。

 


黒子に回ると関係性が長く続きやすくなる

 

 

もうひとつ、黒子に回る働き方を

選んでいる理由があります。

人との関係性が、長く続きやすいということです。

 

 

前に出る働き方は、

どうしても、評価や成果とセットになりやすいものです。

うまくいっているときは、関係も良好です。

 

 

成果が出なくなったときに、

関係が薄れてしまうこともあります。

 

 

一方で、黒子として関わっていると、

評価よりも、関係性そのものが軸になります。

 

・一緒に場をつくった

・一緒に支えた

・一緒に乗り越えた

 

数字や成果とは別のところで、

人の中に残りやすいと感じています。

私は「関係性の記憶」を、

とても大事にしたいと思っています。

 


黒子は場の空気に一番近い場所にいると感じています

 

 

 

黒子に回ると、

場の空気の変化に、敏感になります。

 

 

少し緊張している空気。

少し疲れている空気。

少し無理をしている空気。

少しほっとしている空気。

 

 

微妙な変化は、

前に出ているときよりも、

裏側にいるときのほうが

感じ取りやすいです。

 

 

空気の変化を感じ取ることが、

仕事の質を大きく左右すると感じています。

 

 

空気を感じられることで、

 

声をかけるタイミング。

動くタイミング。

引くタイミング。

待つタイミング。

 

判断が少しずつ適切になっていきます。

 


黒子の立場は、学びの量がとても多いと感じています

黒子に回ると、

自然と、たくさんの人の動きが見えます。

 

リーダーの判断。

現場の工夫。

トラブル対応。

人間関係の調整。

裏側の段取り。

 

少し引いた位置から見ることで、

自分の中に、たくさんの引き出しが増えていきます。

 

 

前に出て、ひとつの役割に集中しているときとは、

また違った種類の学びです。

 

 

私は「全体を見ながら学べるポジション」が、

とても自分に合っていると感じています。

 


黒子に回ることは、責任を放棄することではありません

黒子に回るというと、

責任から逃げているように見られることもあります。

 

 

私自身の感覚としては、

まったく逆です。

 

 

黒子に回るということは、

表に出ない分、

裏側の責任を引き受ける、ということでもあります。

 

 

うまくいかなかったとき。

トラブルが起きたとき。

場が崩れそうなとき。

 

 

静かに、裏側で調整する。

目立たないけれど、

とても重要な責任だと感じています。

 


私は、主役になりたいのではなく、流れをつくりたい

自分の中で、

とてもはっきりしていることがあります。

 

 

私は、主役になりたいわけではない、

ということです。

 

・場がうまく回ること

・人が動きやすくなること

・話が前に進むこと

・関係性が整うこと

 

「流れ」が生まれることに、

一番やりがいを感じています。

 

 

黒子に回ることで、

流れを少しだけ後ろから支えることができる。

自分の適性として、

自然と惹かれているのだと思います。

 


黒子の積み重ねは、あとから形になると感じています

黒子の仕事は、

その場ではほとんど見えません。

 

 

時間が経ってから、

 

「あのとき、あの人がいたから助かった」

「あの人がいたから、うまく回っていた」

 

とふと思い出されることがあります。

私は「あとから形になる評価」を、

とても信頼しています。

 

 

あとから残る信頼のほうが、

長く続くと感じているからです。

 


今の私にとって、黒子は自然な選択です

 

 

私が黒子に回る働き方を選んでいるのは、

戦略というよりも、

自然な選択なのだと思います。

 

 

性格。

価値観。

仕事観。

人との関わり方。

 

 

総合すると、

今の自分には、

この立ち位置が、一番しっくりきています。

 

 

これから先、

働き方が変わることもあるかもしれません。

役割が変わることもあるかもしれません。

 

 

人や場を支える、という軸は、

変わらないと思います。

 

 

私はこれからも、

黒子という立場から、

人や場や流れを、

少しでも良い形で残していきたいと思っています。

 

 

最後まで読んでいただき感謝します。

予祝「今日も納税280万円分の愛と感謝を

循環させていただけました。」

最近、改めて自分の動きを振り返ってみて、
気づいたことがあります。
 

私は意識的に、
「話す側」よりも「聞く側」に回る時間を選んでいる、
ということです。

 

 

取材の場でも、打ち合わせでも、人と会うときでも、
私はできるだけ自分が話す量よりも、
相手の話を聞く時間を長く取ろうとしています。

 

 

性格的なものもありますが、自分なりの仕事観や、
関わり方の基準としての部分が大きいと感じています。


話すより、聞くほうが、実は情報量が多いと感じています

話しているときはどうしても、自分の考えや
自分の整理に意識が向きます。

 

 

一方で、聞いているときは相手の言葉だけでなく、
表情や間、声のトーンや、言いよどみまで、自然と入ってきます。

 

 

私は言葉以外の情報の量が、

とても大事だと感じています。

 

 

文章やプロフィールでは見えない部分が、
実際の会話の中にたくさん含まれています。

 

 

触れたときに、はじめて人の輪郭が
少しずつ見えてくる感覚があります。


聞く側に回ると、相手の基準が見えてきます

人は何を大事にしているかを、
必ずどこかで話しています。

 


はっきりとした言葉の場合もあれば、
何気ない一言の場合もあります。

 

 

例えば、

・どんなときに嬉しそうか
・どんな話題で熱が入るか
・どんな話題で言葉が少なくなるか
 

 

価値観や判断基準が、
自然と浮かび上がってきます。

 

 

私は「基準」を知ることが、
取材でも、仕事でもとても大切だと感じています。

 


人の言葉は、その人の基準の上に
乗っているからです。


自分の話を減らすと、相手の本音が出やすくなります

自分がたくさん話しているとき、
相手は聞き役に回っていることが多くなります。

 

 

悪いことではありませんが、
相手の本音や少し踏み込んだ話は、
出にくくなることもあります。

 

 

私が意識しているのは、自分の話を少し減らして、
相手が話しやすい空気を作ることです。

 

 

沈黙があっても、なるべく
すぐに埋めないようにします。
 

 

相手が言葉を探している時間を
待つこともあります。

 


表面的な話のあとに、少し本音に近い話が
ぽろっと出てくることがあります。

 

 

相手がじっくりと考えたあとにでてくる答え

こそ、とても大事だと感じています。


聞くことは、相手を尊重することだと感じています

聞くという行為は、
ただ情報を集めることではないのかも知れません。

 

 

「あなたの話には価値があります」
という姿勢をそのまま示す行為でもあるためです。

 

 

ちゃんと聞く、途中で遮らない、結論を急がない、
評価を先にしないという姿勢は、
相手にとって安心につながることが多いです。

 

 

安心感があるからこそ、少し踏み込んだ話や、
普段はあまりしない話も

出てきやすくなるのだと思います。


黒子に回ることで、場全体が見えてきます

聞く側に回る、というのは黒子に回ることにも、
とても近いと感じています。

 

 

自分が前に出ると、どうしても視界は
自分中心になります。

 

 

一方で、少し引いた位置にいると
場全体が見えてきます。

 

 

誰がどんな役割をしているのか。
誰が場を支えているのか。
誰が気を遣っているのか。
誰が無理をしているのか。

 


主役に近い位置にいるよりも、少し離れた場所にいるほうが
よく見えることが多いです。

 

 

私がとても大事にしているポイントです。


聞くことで、自分の判断もズレにくくなります

人の話をたくさん聞いていると、
自分の中の基準も少しずつ整っていきます。

 

 

ネットやSNSだけを見ていると、
どうしても目立つ人や、
派手な成功、強い言葉に
意識が引っ張られやすくなります。

 

 

実際に人の話を聞くと、

 

・地道に続けている人
・目立たないけれど、支えている人
・長い時間をかけて積み上げている人

 

などの存在がはっきりと見えてきます。


自分が大事にしたい働き方や関わり方が、
少しずつ確認されていきます。


インタビューは、答えをもらう場ではないと感じています

インタビューというと、何か特別な答えを引き出す、
というイメージを持たれることもあります。

 

 

私の感覚では、インタビューは答えをもらう場というよりも、
その人の考え方の流れに触れさせてもらう場です。

 

 

どんな順番で考えているのか。
どこで迷っているのか。
どこで決断しているのか。

 

 

プロセスを知ることで、人の言葉の重みや、
選択の意味がより立体的に見えてきます。

 

 

私は立体感をとても大事にしたいと思っています。


聞くことは、自分の編集力を鍛えている感覚でもあります

人の話を聞くということは同時に、
自分の編集力を鍛えることでもあると感じています。

 

 

どの話が、その人らしいのか。
どの言葉が、本音に近いのか。
どこが、その人の核なのか。

 

 

ポイントを聞きながら見極めていく。
 

 

文章を書く編集とは少し違う種類の編集ですが、
人を編集するという意味では近い感覚があります。

 

 

私はこの感覚が、
自分の仕事の軸になっていると感じています。


話す力より、聞く力を育てたいと思っています

世の中では話す力や伝える力が、
とても重視されがちです。

 

 

もちろん、それも大事です。
 

 

自分の考えを伝える力は、仕事の上でも
とても重要だと思います。

 

 

私はそれと同じくらい、
聞く力を育てたいと感じています。

 


聞く力があることで、

・相手の意図を誤解しにくくなる
・関係性が長く続きやすくなる
・信頼が積み上がりやすくなる

 

 

などの効果を実感しているからです。


結局、私は人から学び続けているのだと思います


私はずっと人から学び続けているのだと思います。

 

 

本から学ぶこともあります。
経験から学ぶこともあります。
失敗から学ぶこともあります。

 

 

多くは誰かの話を聞くことを通して、
より深く、自分の中に入ってきます。

 

 

私はこれからも、
聞く側に回り続けると思います。

 

 

話すことで前に出るよりも、聞くことで
人や場を少しでも立体的に残していく。

 


今の自分にとって、
一番しっくりくる役割だからです。

 

 

最後まで読んでいただき感謝します。

おはようございます。

今日も星の数ほどある情報の中から選んでいただき、

感謝感激です。

 

 

正直に言うと、
紹介で仕事をもらった回数は多くありません。

 

 

むしろ、
数えられるくらいです。

 

 

少ない経験を振り返ると、
1つだけはっきりしていることがあります。

 

 

仕事やご縁は、
いきなり増えるものではなく、
その前に必ず“準備期間”がある。

 

 

外から見ると、
何も起きていないように見える時期があるものの、

内側では確実に何かが溜まっている状態です。

 

 

今日は、「溜まっていたもの」と、
実際に紹介が生まれたときに見えた構造を
書いてみたいと思います。


紹介は、突然じゃなかった

 

 

紹介の話が来たとき、
自分の感覚としては、「ついに来た」

という感じがしました。

 

 

よくよく思い返すと、
その前には、
小さな積み重ねがありました。

 


・期待を上回る価値を提供した
・相手の話を、しっかり聞いていた

 

積み重ねがあったからこそ、
あるタイミングで、

「あの人に相談してみよう」
と、名前が挙がったと考えられます。


実績より先に、見られているもの

1つ分かったことがあります。

仕事は、
スキルだけで決まっているわけじゃない。

それよりも、

 

・どういう姿勢で関わっているか
・どういう距離感で人と接しているか
・どういう場の空気を作っているか

 


言葉にしにくい部分こそ見られており、

「この人なら大丈夫」という判断につながっていきます。


黒子のような時間があとから効く

 

 

私の関わり方はどちらかというと、
表に出るよりも裏側に回ることが多いです。

 

 

・場を整える
・人と人をつなぐ
・記録を残す
・誰かが動きやすいようにする
・空気を読む

 

 

その場では、
ほとんど評価されません笑

 

 

やっていても、
気づかれないことの方が多いかもしれません。

 


紹介が生まれたときに感じたのは、

「目立たない時間」こそが、あとから効くケースがある

ということ。

 

 


裏側にいると、

 

 

・本音
・現場の空気
・本当に困っていること
・言語化できていない課題や展望

 

 

などが自然と見えてくるからです。

 

 

結果的に、「あの人は、現場を分かっている」
という評価につながっていく。


今はまだ途中にいる

 

 

正直に言うと、私はまだ
紹介が当たり前に回る段階にはいません。

 

 

それでいいと思っています。

 

 

「少しずつ回り始める時期」だからこそ、
信用と仕事の関係がリアルに観察できているから。

 

 

・どんな関わりが評価されるのか
・どんな姿勢が信頼につながるのか
・どんな距離感が安心感になるのか

 

 

結果が出きってしまう前に体感できているのは、
本当に大きいと思います。


発信は信用の“記録”

発信についても、
同じ構造だと感じています。

 

 

発信は、今すぐ仕事を取るためのものではありません。

 

 

私にとっては、

日々の姿勢や、考え方や、関わり方を、
外から見える形で残していく行為。

 

 

どんな人を大事にしているか。
どんな基準で動いているか。
どんな距離感で人と関わっているか。

 


少しずつ伝わっていくことで、

「この人のスタンス、いいな」
「この人なら、安心だな」

と思ってもらえる。

 

 

いつか、仕事や紹介という形に変わる。

発信は長期の仕込みです。


大事にしているたった一つの問い

 

 

今、私が一番大事にしている問いは、
とてもシンプルです。

 

 

「この関わり方は、
あとから振り返って、誇れる?

世界・地域に貢献できるもの?」

 

 

目先の得よりも、
人としてどうか。
自分の基準としてどうか。

 

 

小さな判断の中で繰り返していると、
信用は、静かに積み上がっていく。

 

 

ある日、仕事という形で、
そっと返ってくる。

 

 

私は今、
まだその途中にいます。

 

 

だからこそ、
プロセスそのものを大切に積んでいきたいと思っています。

 

 

 

最後まで読んでいただき感謝します。

予祝「今日もスキルや経験を活かし、

納税280万円分の愛と感謝を循環させていただけました。」

おはようございます。

今日も星の数ほどある情報の中から選んでいただき感謝します。

 

正直に言うと、
「今の自分は、ちゃんと前に進めているのだろうか」
と感じることがあります。

 

数字はそこまで伸びていない。
目立った実績があるわけでもない。

 

それでも、意識して日々やらせて

もらっていることはあります。

 

人に会う
話を聞く
場に足を運ぶ
記録する
編集する
言葉にする

 

 

一つひとつは地味で、
「これって意味あるのかな」と思うこともあります笑

 

 

これまでの経験を振り返ると、
はっきりしてきたことがあります。

 


評価される前に、すでに積み上がっているものがある
ということです。


結果が出たとき、人は「突然」と言う

 

 

あとから結果が出た人に対して、
周りはよくこう言います。

 

 

「急に伸びたよね」
「一気に来たよね」

 

 

本人からすると、
それはたいてい「突然」ではありません。

 

 

・何年も続けていたこと
・評価されない時期の試行錯誤
 

 

あるタイミングで
“見える形”になっただけ。

 

 

水面下で積み上がっていたものが、
長い時間をかけて表に出ただけです。


見えない時期に積んでいるもの

 

 

私自身が、今意識しているのは、
次の「見えにくい資産」です。

 

 

・人との関係性
・場との関わり
・信用
・記録
 


SNSの数字にはほとんど表れません。

 


仕事やご縁の形になって返ってくるときは、
ほぼ例外なく、“見えない資産”が土台になっています。


信用は、仕事依頼の前に積まれている

 

 

逆の立場になると分かりますが、
仕事の話について、
「実績」から入らないケースもあります。

 

 

「いつも丁寧ですよね」
「安心して任せられそう」

 

 

という気持ちで
話をすることがありませんか?

 


スキルよりも、

姿勢やあり方そのものを

評価しているからでしょう。

 

 

信用は請求書を出す前に、
すでに積まれているのかも知れません。


何者でもない時期の使い方

 

 

一番大事なのは、
「まだ何者でもない時期」を
どう使うかでしょう。

 

 

評価されていない時期。
注目されていない時期。
結果が見えにくい時期など。

 

 

人生のターニングポイントかも知れません。

 

 

・雑にやるか
・丁寧にやるか
・自分をごまかすか
・自分の基準を育てるか

 

 

その後が大きく変わる。

 

 

今は誰も見ていなくても、
自分は見ている。

 

 

積み重ねはあとから必ず、
仕事の依頼や人の集まり方などとして現れます。


発信も、同じ構造

 

 

発信も、まったく同じです。

 

 

すぐに反応がない。
数字が伸びない。
読まれている実感がない。

 

 

それでも続けていると、

 


「前から見てました」

 

 

という形で、返ってくる可能性があります。

 

 

発信は、その場の反応を見るものではなく、
未来のご縁に向けた“仕込み”なのでしょう。


私が選んでいるのは、遅効性の働き方

派手に目立つことは、

あまり得意ではありません。

 

一方で、

 

・人を大事にする
・場を大事にする
・記録を残す
・編集という立場で関わる

 


などはやりがいを持って自然と続けられる。

 


私の場合は遅効性の働き方で、すぐに効かない。
時間が経つほど、
効いてくる。

 


目立つ人になるより、
あとから振り返ったときに、
「流れを作っていた人」

でありたいと思っています。


今評価されていなくても

 

 

もし今、

 

・手応えがない
・評価されていない
・結果が見えない

 

そう感じているとしても、

今積んでいるものは、
ちゃんと未来に持ち越される。

 


数字じゃなく、

 

姿勢
関わり方
信用
人との距離感

 


目に見えないものの形で蓄積する働き方を、
これからも続けていきたいと思っています。

 

 

最後まで読んでいただき感謝感激です。

 

 

予祝「今日も納税280万円分の愛と感謝を

循環させてもらえました。」