それから3ヶ月余、日が沈んでしばらくして、

すっと目を上げると入口にふたりが立っていた。

ドアの開く音に気が付かなかった。老夫婦である。

およそこの界隈でラーメンを食べるような身なりではない。

「ラーメンをいただけますかな。」

品の良い穏やかな老紳士の声がすうっと入ってきた。Aさんは、

「何差し上げます?」

「満足ラーメンとやらをお願いします。」

ちょっとためらったが、

Aさんは、老紳士がそう答えることを至極当然と思い、

満足ラーメンを出すのが、当たり前に思えた。

5分ぐらいしてから、

見に行くとテーブルの上にラーメンがひとつと箸がふたつ置かれていた。

 

ときどき、そんなお客さんが来ることを感じ始めていたAさんは

満足ラーメンの横に「最後の一杯」と書き足した。

それとともに、そういうお客さんとふつうのお客さんの見分けが

できるようになってきた。Aさんは、言う。

「人生の大きなポイントで自分の店によってくれて、

ラーメンを食べて行ってくれると思うと

自分に神様が与えてくれた役割だと思えてくるんだよね。

ここで店をいつまでできるかわからないけど

やれるだけやりたいなと思うよ。」

Aさんは、女性が置いていった千円札を今でも持っている。

何の変哲もない皺くちゃの千円札を飾っている。

また、普通のお客さんで「最後の一杯」を頼む人はいないらしい。

 

後にAさんから聞いたのだが、店の増築部分には、

以前お稲荷さんがあったそうだ。

もともとその地に住んでいたわけではなかったAさんだから、

お稲荷さんを潰すことにあまり抵抗はなかったようだ。

気にならないわけではなかったが、何せ儲けが先だったそうだ。



2日にわたってしまいました。本当は、1回にしたかったのですが、

入りきれませんでした。

なんとなく昔書いたものを引っ張り出してしまいました。