それから3ヶ月余、日が沈んでしばらくして、
すっと目を上げると入口にふたりが立っていた。
ドアの開く音に気が付かなかった。老夫婦である。
およそこの界隈でラーメンを食べるような身なりではない。
「ラーメンをいただけますかな。」
品の良い穏やかな老紳士の声がすうっと入ってきた。Aさんは、
「何差し上げます?」
「満足ラーメンとやらをお願いします。」
ちょっとためらったが、
Aさんは、老紳士がそう答えることを至極当然と思い、
満足ラーメンを出すのが、当たり前に思えた。
15分ぐらいしてから、
見に行くとテーブルの上にラーメンがひとつと箸がふたつ置かれていた。
ときどき、そんなお客さんが来ることを感じ始めていたAさんは
満足ラーメンの横に「最後の一杯」と書き足した。
それとともに、そういうお客さんとふつうのお客さんの見分けが
できるようになってきた。Aさんは、言う。
「人生の大きなポイントで自分の店によってくれて、
ラーメンを食べて行ってくれると思うと
自分に神様が与えてくれた役割だと思えてくるんだよね。
ここで店をいつまでできるかわからないけど
やれるだけやりたいなと思うよ。」
Aさんは、女性が置いていった千円札を今でも持っている。
何の変哲もない皺くちゃの千円札を飾っている。
また、普通のお客さんで「最後の一杯」を頼む人はいないらしい。
後にAさんから聞いたのだが、店の増築部分には、
以前お稲荷さんがあったそうだ。
もともとその地に住んでいたわけではなかったAさんだから、
お稲荷さんを潰すことにあまり抵抗はなかったようだ。
気にならないわけではなかったが、何せ儲けが先だったそうだ。
2日にわたってしまいました。本当は、1回にしたかったのですが、
入りきれませんでした。
なんとなく昔書いたものを引っ張り出してしまいました。