なにもないというのは、物語の起伏が少ないという意味です。
映画で言うと、クライマックスがしっかりあってハッピーエンド!みたいなものでなくて、
いうなればフランス映画のような、「あれっ?これで終わり?」感のある作品が好きです。
もちろんそういった小説や映画にもメッセージ性があって、
起伏が少ないからこそそのメッセージが直接響くような気がするのです。
今回紹介するのもそんな小説です。

池澤直樹著「スティル・ライフ」
第98回芥川賞受賞作です。1991年出版。
内容ですが、前半で「スティル・ライフ」後半で「ヤー・チャイカ」という短編2本立ての構造になってます。
…
前半のスティル・ライフのあらすじだけ少し説明すると、
アルバイトとして染色工場で働く「ぼく」は、
ある日「佐々井」という男と職場で出会う。
佐々井は独特の世界観を持った男で、哲学的な話をしたと思えば宇宙の話を始めたりもする。
2人は洒落たバーで友人ともただの知り合いとも言えない微妙な距離感を形成していく。
そんなある日、佐々井は「ぼく」に「頼みがあるんだ。」と打ち明ける。
それを機に「ぼく」は佐々井のこれまでとは全く違う一面を見ることになる――。
…
こんなんです。
物語の設定的にはネタバレになるので言いませんが、
かなり起伏のあるストーリーにも出来そうな内容です。
しかし池澤夏樹氏はそこをあえて抑えて、淡々とした物語を展開していく。
そこに抒情的な文章が乗っかることで、
なんとも言えず心地いい世界観が演出されます。
ここで気に行った部分を少し引用。
「ぼく」が3月の海辺で座り込んで物思いに耽るシーン。
「雪が降るのではない。雪片に満たされた宇宙を、ぼくを乗せたこの世界の方が上へ上へと昇っているのだ。静かに、滑らかに、着実に、世界は上昇を続けていた。……雪はその限りない上昇の指標でしかなかった。」
良い描写です。
雪が降っているときの静けさと一緒に場面が想像できます。
この表現に触れて考えたのは、
おそらく作者はここで主観的な世界と客観的な世界のズレを描きたかったんではないかと。
すなわち、私達はものを見たり、触ったりということを、
当たり前ですが自分自身を通してしか知覚することはできません。
なので今見ている世界もあなたが知覚する、主観的な世界に過ぎない。
では客観的な世界というものは本当に存在するのか?
という疑問にぶち当たります。
人はそれぞれの主観的な世界を形成しているに過ぎないのですから。
こんな哲学的問いが浮かんでは消えていく。
そんな雰囲気がこの作品を良作たらしめています。
主観的な世界においては、自分が王様です。だからなんだってできる。
世界を上へ上へ上昇させていくことだって可能です。
そんなことを考えていると、
もう少し自由に、世間というものに縛られず生きてみようかなという気持ちが生じます。
他人からの評価や、人間関係。
それも主観的な世界における出来事に他ならないのです。
自由に、淡々と自分の世界を生きてみるのも良いかもしれません。
是非読んでみてね!

