今更の去年のお出かけですが、楽しかったのでどうしても残しておきたくて。

 
昨年の11月初旬、ポニ子の七五三のお祝いに駆け付けてくれた母と共に紅葉が美しい時期の高野山に行ってきました。
 
実は以前の記事にて↓
子育ても大事だけど、超高齢出産だった私は親も、もう高齢なので、母が体が動くうちに親孝行する事こそ急務かも、という内容です。
 
その中で母が以前から、してみたいと言っていて叶えてあげたい項目として
・高野山に行ってみたい
・吉野で花見をしてみたい
・四国でうどんの名店ハシゴしたい
と言うのがあったので、今回は早速それを叶える事に。
 
高野山雪の厳しい寒さの中の美しさや夏の涼しいのもお薦めですが、恐らく一番人気のあるのは紅葉の時かと思われます。
今回も恐ろしい程の人出でした。
因みに私は今回が四回目。(初回は10年くらい前、現在の夫と遠距離恋愛中だった私は週末東京から大阪に遊びに来ていたのですが、仕事が忙しかった夫が急遽休日出勤になってしまい…。そう言えば行った事ないな、と、一人で急に当日思い立ってレンタカー借りて行ったのが最初です。道の選択を誤り悪路の上に前の日ひれ酒飲み過ぎで二日酔いだったので、峠の途中細い道で車を離れる訳にもいかず、窓開けて吐いたという畏れ多い記憶が昨日の事のように蘇りますwあらかた吐いてスッキリした後見た高野山の美しさときたら!雪がちらつく中、冬の透明な空気の中の高野山の美しさをゆっくりと一人で堪能しました。手前の山の空気を一部汚したのは内緒!すごい山の中だったのできっとすぐに自然に還ったはず。頑張れ、微生物!)
宿坊宿泊は二回目になります。
我が家の夫は真言宗系の中高だったので、高野山は何かにつけて研修で行ったそうで「何であんな所に観光で行きたいのかわからん!」らしく、一緒に行くのをいやがるのですが、今回は私の母の接待と割切り同行してくれました。
 
また、ちょうど我が家が高野山に行こうと決めたのと同時期に『ブラタモリ』が三週連続の高野山スペシャル!
こちらの内容が素晴らしかったー。街の水源の謎や、奥の院になぜ皆競う様に墓を建てるのか、曼荼羅が表す世界観「胎蔵界(物質世界)」と「金剛界(精神世界)」を山全体で体現している、等、なかなかガイドブックにも載っていない様なマニアック情報満載でかなり面白かったです。
母にも見る様に伝えたので、全員基礎知識、予習はバッチリでした。
 
ミーハーなので、まさにブラタモリをなぞる旅にしてみました。
 
普通、現代で高野山に行くとなると、いきなりマイカーで上に登るか、南海からケーブルカーで上まで行く人が多いと思うのですが、昔は当然そんな乗り物ないわけで、高野山へ通ずる7本の街道「高野七口街道」を歩いて登ってきていた、と。
熊野古道の方からも来る道もその中にはあるのですが、昔からの正式かつ人気の参拝ルートは、山の麓の九度山にある慈尊院を起点にして180基の町石をたどり、一つ一つを拝しながら壇上伽藍に至る「町石道」だったのだとか。
 
それを聞いたら、我が家も先ずは、と、慈尊院へ。
慈尊院前の下乗石。
馬や籠に乗っている人もここまで、ここからは神聖な道だから徒歩で参拝してね、の石。
当時は慈尊院の麓を流れる紀の川に渡し船があって、その渡し船を降りた所に立っていた下乗石をこちらに移動したとの事。折れて当時よりかなり短くなっている様ですが、時の上皇(後醍醐天皇の父)もこの石からは自分の足で歩いたとの記録が残っているとの事。(以上ブラタモリから超かいつまんで意訳説明w)
 
慈尊院は初めて来たのですが、高野山と共にこの院も世界遺産になっています。
弘法大師の御母堂が四国からここに移られて逗留なさっていたのだとか。
高野山自体は女人禁制なので弘法大師が毎月山から九度ほど母を訪ねてこの院にいらしたことから、この辺が九度山と呼ばれる様になったとの事。
そんな院なので、子宝、安産、子育て、授乳、病気平癒や長寿(御母堂が長寿だった)を祈願するお寺でして、乳房絵馬がある事でもマニアの間では有名なお寺になります。(私も来たのは今回初めてですが、以前からオッパイ絵馬が一部層で話題になっている事は知っていました。変わり種絵馬、変わり種朱印とかお守り、おみくじ愛好家みたいな人は結構いるのです。笑)
そんな私の「どれどれ、話題のオツパイ絵馬でも拝みましょうかねー」というニヤニヤ気分を吹き飛ばすかの様に、実際には現代では乳癌封じの寺として有名らしく、病気平癒の真摯な願いが多かったので、浮かれていた自分を反省しました。
ちょっとしょんぼりしていた所に、横で「わーーーい!おっぱい!おっぱいいっぱい!見て見て!ぐふふ」とハイテンションになって変な笑い声を漏らすポニ子。
少し離れた所で、珍しくお寺の縁起等が書かれた説明文を食い入る様に見詰めている夫。本当に珍しいので声をかけると見ていたのは縁起じゃなくて横にあった寄附者の一覧の木札。「ちょ!ちょ!こまきち!こっち来て!見て見て、最初の人、北海道の女性の寄付者、三億だよ!三億!三千万とかならまだわかるけど三億!」←うるさいよ!(笑)不敬な!と思いつつ確かに三億はちょっとビックリするのわかるわー、と思った下世話なお似合い夫婦。
馬鹿親子がワイワイしている間に母はゆっくりお参りできたので、良しとするか。←するのか?w
 
さーて、ブラタモリをなぞる旅に話を戻します。
この慈尊院奥の急な階段を上った先に丹生官省符神社(にうかんしょうぶじんじゃ)があるのですが、その、神社と院を結ぶ急な長い階段の踊り場横に一番最初の町石があります。
字、読めるかしら?「百八十町」の漢字があります。
この山の麓の180町から、次の石は179町、とカウントダウンしながら山を登っていって、山を登り切った大門のところで7町その後もカウントダウンして、ちょうど0にあたるところに壇上伽藍の根本大塔があるという仕掛けになっているのだとか。
実はこの町石、壇上伽藍でゴールかとおもいきや、そこから今度はカウントアップしてゆき、弘法大使が入定された奥の院の御廟まで35基の長石があるのだとか。(36個目は御廟本体)
これも高野山の壮大な仕掛けで、麓から根本大塔までは、密教の「胎蔵界(物質世界)」を表していて両界曼荼羅の「胎蔵界曼荼羅」(両界曼荼羅見た事がある方はイメージできるかもですが、真ん中にでっかい大日如来が書かれいてその周りに放射線状?に沢山小さい仏様がびっしり書かれている方がそれ←雑な説明)に描かれている仏様180尊を模した石となっている(それぞれの石に対応する梵字が書かれている)ので、一体ずつ拝礼しながら上がるという当時の密教の世界体験アトラクションになっていた、と。
対して根本大塔から奥の院までの35町石+御廟は「金剛界(精神世界)」を表していて「金剛界曼荼羅」(9つの四角で区分けされ比較的整然とした方の曼荼羅←やっぱり雑w)に書かれている仏様36尊を模しているのだとか。
丹生官省符神社にて、わが実家の家訓「はまりものには必ずはまれ」に従い、おばあちゃんとパチリ!
もちろん御朱印もいただきましたよー。
 
ちなみに、180町石をたどると大人の足でも6-8時間かかるという、結構な登山。
今回は179町石を見て引き返したのですが、せっかくだから、ポニ子が大きくなったらみんなで挑戦してみたいです。
途中は本当に山道なのでクマ注意らしいですが。
 
そして、全くの余談ですが、この神社の奥の山道への入り口を少しく歩いたところに179町石があるのですが、そちらは分かりやすいのですが、180町石の方が階段の途中なので、まさかそんなところにあるとは思わない人たちが続出。
連休で紅葉見ごろとあって、まあまあ、混んでいたのですが、「あれ??180どこ?」と引き返してくる人が沢山。
おせっかいなおばちゃんである私は勿論「あそこですよ!階段の途中にある、ほら、あれ」と、教える事計4組。
おせっかいにわかガイド。ブラタモリのおかげです。笑
 
長くなりすぎたので、まだ高野山に到着もしていませんが、今日はこの辺で!
どうでもいい二日酔いで吐いた話を長く書いていたからこうなる、というね。w
今年も計画性なくマイペースに更新してまいりまーす。