「成りの果て」 第六話 | カ    オ    ス  

「成りの果て」 第六話

「何を鳩が豆鉄砲食らったような顔をしているんだい?君は合格だと言った

んだよ。嬉しくないのかね?んん?」

姉葉は、胸ポケットからタバコを取り出し、火をつけた。

マイルドセブンのスーパーライト。

彫江が以前、吸っていたものと同じ銘柄だ。

「妻と娘が『洋服に臭いがつく』とか言って、タバコの煙を嫌うもんでね、家では

なかなか落ち着いて吸えないんだよ。肩身の狭い思いをしているわけさ。」

そう言って、姉葉は満足そうに煙を吐き出す。

小百合もタバコを極度に嫌っていた。

間接喫煙によって、当時まだ小百合のお腹の中にいた健太にも害を及ぼして

しまうことを考え、彫江は禁煙に踏み切った。

もう5年前のことになる。





「あの・・・なぜ、私は合格なのでしょうか?まだ面接を受けてもいないのに・・。」

彫江は、姉葉の口から吐き出されるタバコの煙に顔を顰めながら、尋ねた。

「個性だよ。いや、異端性というべきか・・。」

姉葉は表情を変えることなく、そう答えた。

「君には、先程の講演会の時から目を付けていた。なんせ目立つ格好をして

いるからね。実に品の良いT-シャツじゃないか。色合いが好きだよ。最近の

若者のファッションは、中年の私にはよく理解出来ないが、君のようなシンプル

な服装は悪くない。ただ、こういう場に私服で来るのは常識的とは言えないな。」





姉葉は、恨めしそうな表情で短くなったタバコを灰皿へ押しつけた。

そして、なおも話を続ける。

「彫江君、君は今こう思っているのだろう。なぜ、たかがアルバイトの面接に

スーツを着用しなければいけないんだ!!どうして社長の話を聞く必要が

あるんだ!!・・・と。」

喉まで出かかっていた言葉を、姉葉が先にあっさりと言いのけた。

「ええ・・全くその通りですよ。・・私は何か間違っていますか!?あんた達の

会社は狂っている!アルバイトの面接にどれだけ力を入れているんだ!」

ここぞとばかりに、彫江はまくしたてた。

スクランブルのビルに入って以来、ずっと溜め込んできた不快感を全て怒りに

変え、姉葉にぶちまけてやりたかったのだ。

彫江の剣幕に慄くことなく、姉葉はじっと腕組みをして耳を傾けている。

その時、誰かがドアをノックした。

彫江の後に控える面接者だろう。

「そうか、気が付けばもうこんな時間だな。君1人に時間を取るわけにもいか

ない。まだまだ面接は続くわけだからね。・・・・とにかく、ここで仕事を始め

れば、全てを知ることになるだろう。君の脳裏に渦巻く【Why?】は、そのうち

キレイサッパリ払拭されるはずだ。職場で君が働く姿を早く見たいよ。また後日

連絡入れるからね。」

姉葉は、彫江の肩をポンと叩いた。





彫江は部屋を出る際に、次の面接者3人とドアを挟む形ですれ違った。

どいつもこいつも、フォーマルなスーツに身を包み、「失礼します!!」と

マニュアル通りの挨拶をして入室して行く。

その姿を見ながら、彫江は前職を思い出していた。

彫江が、docodemodoorの人事部で採用係をしていた頃は、真面目な奴らしか

採らなかった。

『今IT産業は流行りだから』ということを志望動機で抜かすロン毛の学生達は、

いくら学業の成績が良くても、容赦無く落とした。

いい加減な気持ちで入社されても、困るからだ。

チーム・組織においては、メンバー全員が、共通したビジョンを頭の中に描けて

いることが必要とされる。

1人でも怠慢な奴がいれば、たちまちそのチーム・組織は機能しなくなってしまう

だろう。

それが分かっていたからこそ、彫江は真面目一辺倒の学生しか採用しなかった

のであった。

「自分は今、このスクランブルから見たら、間違いなく怠慢な奴なのだろう。

しかし、姉葉は俺を採用した。個性・・?異端性・・?何のことだ・・・。」





スクランブルのビルを出た彫江は、左手首にはめた腕時計を見た。

正午を6分ほど過ぎている。

時間にして1時間30分というところだったが、彫江にとっては、その2倍にも

3倍にも感じられた。


                                    続く