◆第93回全国高校ラグビー大会最終日 ▽決勝 東海大仰星19―14桐蔭学園(7日・花園ラグビー場) 就任1年目の東海大仰星・湯浅大智監督(32)が、チームを優勝に導いて号泣した。昨春の選抜大会終了後に、全国大会優勝2度を誇る土井崇司前監督(現総監督、54)からバトンを受け、いきなり頂点に。同校の主将として初優勝した99年度大会、コーチ時代の06年度大会に続く、自身3度目のVの味をかみしめた。
涙、涙のフィナーレだ。大喜びするフィフティーンを眺める湯浅監督の目から、大粒の涙がいくつもこぼれた。「土井先生が退いても結果を出せた。子どもたちのひたむきさに感動した涙です」。選手から3度胴上げされ、感無量の表情を見せた。
昨春に、全国大会優勝2度の名将の後を継いだ。「知らず知らずのうちに堀を固められていた」と笑って振り返る通り、土井総監督は早々と後継指名を決めていた。2人の出会いは湯浅監督が中学3年時。東海大仰星に来て練習していた姿に、土井総監督は「やんちゃな子もいたが、あいつが抜群のキャプテンシーでまとめた」。入学後、主将に就任して優勝に導いた姿に「俺の次の監督はこいつや」と確信し、英才教育を続けた。湯浅監督も「土台をつくってくれた土井先生には感謝しかない。人間性の大きさや信念をあらためて感じた」と頭を下げた。
現役時代の涙が指導の原点だ。フランカーとして優勝した99年大会。スタンドを見上げた際、無関係な観客同士が抱き合い喜んでいるシーンを見て、涙した。「こんなに素晴らしいつながりを感じる場所はない。それをみんなに味わってほしい」。ラグビーの指導者としての大目標を、就任1年目で達成した。
家に帰ってもラグビー漬け。朝からビデオで研究を続け、3歳の娘からダメ出しを受けるほどだ。祥子夫人(32)からも「優しい夫ですが、休みがないのが…」と不満を漏らされる。だが、得意の料理を振る舞うこともあるパパは「嫁と子供には、ありがとうと伝えます」。泣き虫監督が、最後に笑顔を見せた。
◆湯浅 大智(ゆあさ・だいち)1981年9月8日、大阪市生まれ。32歳。東海大仰星高3年時の99年度にフランカーで主将として、花園で同校初の全国制覇。東海大を経て教員となり、04年度から母校に赴任。担当教科は保健体育。同年度からラグビー部コーチを務め、昨春の選抜大会後に監督就任。家族は妻と2女。
涙、涙のフィナーレだ。大喜びするフィフティーンを眺める湯浅監督の目から、大粒の涙がいくつもこぼれた。「土井先生が退いても結果を出せた。子どもたちのひたむきさに感動した涙です」。選手から3度胴上げされ、感無量の表情を見せた。
昨春に、全国大会優勝2度の名将の後を継いだ。「知らず知らずのうちに堀を固められていた」と笑って振り返る通り、土井総監督は早々と後継指名を決めていた。2人の出会いは湯浅監督が中学3年時。東海大仰星に来て練習していた姿に、土井総監督は「やんちゃな子もいたが、あいつが抜群のキャプテンシーでまとめた」。入学後、主将に就任して優勝に導いた姿に「俺の次の監督はこいつや」と確信し、英才教育を続けた。湯浅監督も「土台をつくってくれた土井先生には感謝しかない。人間性の大きさや信念をあらためて感じた」と頭を下げた。
現役時代の涙が指導の原点だ。フランカーとして優勝した99年大会。スタンドを見上げた際、無関係な観客同士が抱き合い喜んでいるシーンを見て、涙した。「こんなに素晴らしいつながりを感じる場所はない。それをみんなに味わってほしい」。ラグビーの指導者としての大目標を、就任1年目で達成した。
家に帰ってもラグビー漬け。朝からビデオで研究を続け、3歳の娘からダメ出しを受けるほどだ。祥子夫人(32)からも「優しい夫ですが、休みがないのが…」と不満を漏らされる。だが、得意の料理を振る舞うこともあるパパは「嫁と子供には、ありがとうと伝えます」。泣き虫監督が、最後に笑顔を見せた。
◆湯浅 大智(ゆあさ・だいち)1981年9月8日、大阪市生まれ。32歳。東海大仰星高3年時の99年度にフランカーで主将として、花園で同校初の全国制覇。東海大を経て教員となり、04年度から母校に赴任。担当教科は保健体育。同年度からラグビー部コーチを務め、昨春の選抜大会後に監督就任。家族は妻と2女。
※引用しました。