太平洋マスターズ最終日 | #029ブログ#

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三井住友VISA太平洋マスターズ最終日(11日、静岡・太平洋クラブ御殿場コース、7246ヤード、パー72)涙の復活Vだ! 首位で出た石川遼(21)=パナソニック=は7バーディー、3ボギーの68で回り、通算15アンダーで2010年のこの大会以来となる2年ぶりの優勝。ツアー史上最年少記録となる「21歳1カ月24日」で通算10勝目を達成した。アマチュアの15歳でツアーを制覇してから初めて突入した728日間の長いトンネルを抜けて“遼伝説”の第2章が幕をあけた。

 10センチのウイニングパットを震えながらタップインした石川が、728日ぶりに“遼スマイル”でギャラリーの大歓声に応えた。

 ホールアウト後、スコアカードを提出する途中で「チーム遼」のスタッフの顔を見つけると、人目をはばからずに泣き崩れた。

 「最後は無心でした。今は何も考えられない」

 13番を終わって2位に4打差をつけたが、13、16、17番とボギー。最終18番(パー5)を迎え、同組で2位の松村に1打差と詰め寄られた。

 「3打目を不利な状況にはしたくなかった」

 18番、ほとんど同じ位置から第2打を先に打った松村が2オンに成功したが、グリーン右手前の池を避けたショットだった。「あの2打目で僕に優勝が傾いた。左に外したらすきを見せる。リードしている選手が逃げると、追う選手は楽になる」と自らを奮い立たせた。残り228ヤードから5Wを一閃すると、ピン手前4メートルにズドン。松村が10メートル以上のイーグルパットをわずかに外して、石川が余裕のバーディーで追撃をかわした。史上最年少の15歳でプロツアーを制し、頂点を極めた石川の持ち味である攻めの姿勢が戻った瞬間だった。

 2010年のこの大会でカップを掲げてから丸2年間。優勝から見放されてきた。「勝てなかった要因? 勝ってみてわかったが、ないです」と強気に振り返る。勝てないときには周囲から「遼は終わったのか」などという雑音も耳に入ってきたが、常に前を向き弱音を吐いたりはしなかった。しかし、実際は辛い時期はあった。

 昨年3月「トランジションズ選手権」での練習ラウンドでは、ショットが思うように打てず「僕のスイングのせい? それともクラブのせい?」とスタッフに詰め寄る場面もあった。だからこそ、試合前に11時間も練習をしたり、パターも微調整などを含めると10本近く変更。1Wも大型ヘッドを使ったり、小ぶりなヘッドにしたりと試行錯誤し、理想のゴルフを目指し何でも取り入れてきた。「本当に一生懸命に練習してうまくなって勝てたと思う」とようやく報われた。父の勝美さんは「勝てそうな試合がこれまでなかっただけ。これからも努力を続けていくことが必要」と話した。

 体調面でも不安を抱えていた。一昨年9月には、軽いぎっくり腰になった。今年7月には、海外遠征の連戦続きでトレーニングができず腰痛を再発、練習もほとんどできない状態だった。

 「優勝は最高の薬。存在はしないが、自信を与えてくれる薬。自信をつけて米ツアーにいけると思う。残り3試合でもう1つ勝つことで自分自身に復活できたといえるのではないか」

 ツアーは残り3試合で逆転賞金王の可能性も出てきた。来季は米ツアーにも本格参戦する。優勝の味を2年ぶりに思い出した石川が、ここから“遼伝説”の第2章を作っていく。
※引用しました。