執着を手放すということ | 幸せを呼び込む神社 神さまからの後押しを頂く参拝とは

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こんにちは、
産土神社鑑定士 真壁辰郎です。


今日はとても暖かな一日でした。

今日辺りから
本格的に花粉が飛散し始めるようですね。

私も症状があるものですから、
少々憂鬱ではあります。


午後に下町を歩いていて
お坊さまとすれちがいました。

すれちがいざまに
目があったものですから

会釈をしますと、
会釈をかえされました。

ほんのひとときの
ご縁でしたが

私の心は次の瞬間に
幼い頃の京都へと飛んでいました。


私が育った幼い頃の京都では

網代笠(あじろがさ)をかぶった
雲水(うんすい)の方が

「ホーー」

という独特の響きの声を出して
托鉢(たくはつ)して家々を回られている
光景によく出くわします。

私が住んでいた家にも
よく来られたものです。

「ホーー」

という声が聞こえると

母はお米をつつんだ袋を持って
玄関に出て行ったのを思い出します。


私は
子供ながらに
雲水が好きでした。

網代笠のせいで
顔がはっきりと見えない
雲水の姿に

何やら

別の世界の住人に
会っているような
感じがしていました。

現世とあの世を行き来している人たち。

そんな感覚を
持っていたんですね。

















(写真はお借りしました)


雲水の托鉢に対して
人々はお布施をするわけですが

このお布施のことを
財施(ざいせ)といいます。

言葉の通り

雲水に対して
人々は自らの財を施すわけです。

そしてこの施しをすることを
喜捨(きしゃ)といいます。

人々が雲水に対して
喜んで捨てるということ。

ここに托鉢の
ほんとうの意味が存在しています。


私たちが喜んで捨てるものは
お金やお米という形に変えられた

自分自身の執着心といえます。


我が家は臨済宗なのですが

禅の目的は

欲望や執着心などを取り払い

真実の自己に目覚めることといえます。


あまりにも
物に溢れかえってしまった現代社会

とても便利にはなりましたが

多くの人たちが

あまりにも無駄が多すぎることにも
気付き始めています。

断舎利ブームも
その側面といえるでしょう。


人間は

次から次へと

どんどんと持つことが
幸せになるわけではありません。

むしろ
手放していくことの中に

ほんとうの幸せを
見出すことができます。


人間にとって
ほんとうに必要なものは

ほんのわずかなもの・・・

といえるでしょう。




プロフィール
産土神社鑑定

三月の開運参拝日は

6日  啓蟄(けいちつ)

21日 春分(しゅんぶん)

になります。


縁(えにし)ある

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