【山陰三部作】第1章 広島~下関~長門編⑪ 仙崎は金子みすずのふるさと 海鮮丼(至急) | kuromakuのブログ

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毎日の足跡を、ここに残しています。

前回のつづき

山陰三部作の第1章は、今回でおしまいです。

仙崎駅
帰りの電車は14時ごろに長門市駅を出発します。
1時間半ほど時間があるので、金子みすずのふるさと・仙崎の街を
ぶらぶらと歩いてみることにしました。

それにしても、電車を降りてきた観光客の姿は目に入るものの
地元の人の姿が見当たりません。
日曜とはいえ12時過ぎの真っ昼間、
普通に店が開いていてもよさそうなものですが・・・

仙崎の街
用事があったら電話して、駆けつけるから!
・・・商売っ気があまりない、のどかな風景がよいのかもしれませんね。

仙崎の街 仙崎の街 仙崎の街
駅前のメインストリートを歩いていくと、あちこちの壁や店先に
金子みすずの詩が書かれているのでした。
ほかに名物がないのか?とツッコミたくなるくらい
街ぐるみで金子みすずをアピールしています。


金子みすず記念館
駅から歩いて数分で、「金子文英堂」と書かれた建物があります。
ここが金子みすず記念館の入り口です。

本が並んだ店先を模している 本が並んだ店先を模している
入口はそのまま、古い本屋のような造りになっています。

金子みすず記念館 金子みすず記念館
2階でみすずの部屋を模した展示をしています。
奥の建物には、過去の作品などが展示されているほか、みすずの生い立ちや、
決して順調とは言えなかった結婚生活などの記録を見ることができます。
みすずは23歳で結婚したものの、文学に理解のない夫から詩作を禁じられ、
離婚し、そして自殺して生涯を終えるという、なかなか悲しい生涯なのですが、
それと同時に、悪役として(後世に記録を)公開されてしまった夫も
それはそれで不憫だな・・・と、たぶん普通の客と違う感情移入もしてしまったり。

残念ながら作品は撮影禁止でしたので、写真のパネルだけ載せておきます。

大漁
さらに歩き続けると、ガイドブックによく写真が載っている
「大漁」のアートを発見しました。

朝焼小焼だ
大漁だ
大羽鰮(いわし)の
大漁だ。

浜は祭りの
ようだけど
海のなかでは
何万の
鰮のとむらい
するだろう。

仙崎漁港
仙崎港に抜けたあたりで、午後1時を過ぎてました。
ぼちぼち昼食をとらないと帰りの電車に間に合いません。
帰りもひたすら鈍行乗り継ぎなので、
タイミングを逃すと完全に喰いっぱぐれる可能性が否定できません!

ケータイで調べてみると、かつては港の近くに回転ずし屋があったらしい
のですが、残念ながらどうやら閉店しているようでした。その近所に
海鮮和食の店らしき「喜楽」という店があったので、そこに入りました。

きらく
昼食時ということもあり、店内はそこそこお客でにぎわっていました。
帰りの電車まで時間がないので早めに出せるメニューがないかと聞くと
海鮮丼をお勧めいただきました。オーダーしたら「早めに出してあげて!」と
厨房にまで注文を通してくれました。ありがたい限りです。

きらく
こうして、注文からほどなくして運ばれてきたのがこちらの海鮮丼。
ボリュームもたっぷり!ネタも新鮮でとてもおいしかったです。
あれだけ急かしておいて、ちゃんとビールも飲んでくるという(笑)。

食べ終わって店を出たのは13:45頃。
あと15分後に、隣の長門市駅を出る電車に乗らないと鈍行で神戸まで帰れません!

仙崎駅
で、ダメもとで仙崎駅まで行きましたが、もちろんちょうど列車など来るなんて
はずもなく。時刻表を見ると、そもそも1日6本しか走ってないのでした。
朝に訪れた長門本山ほどではありませんが、ここだって十分な秘境駅です。

長門市まではバスも走っており、こちらの方が本数も多く便がいいのですが、
こちらもタイミングが合わないようでしたので、結局長門市駅まではタクシーで
向かうことにしました。

長門市駅 美祢線
乗ってしまえばあっという間に長門市駅に到着。
出発とほぼピッタリのタイミングで厚狭行きのワンマンカーに乗り込みました。
ここから延々と、厚狭、新山口、南岩国、岡山・・・と乗り継ぎ神戸に帰りました。
いくら鉄道旅行が好きとはいえ、乗っている時間が3時間を超えるころからは、
さすがに移動が修業以外の何物でもなくなってきますが、それはそれ。
ちゃんと、この旅の数か月後には、続編として長門~萩~出雲大社~境港~鳥取と
山陰横断鈍行列車の続きに出かけてきました。が、その記録はまた次の機会に
いたしましょう。

ということで、お付き合いいただきましてありがとうございました。