こんにちは!
当然のことながら、仕事柄、金利には敏感です。

日本の景気を振り返ってみます。

①1973年~1991年(18年間)
 内 1973年~1985年(安定成長期)
   1986年~1991年(バブル期 4年3ヶ月)・・・高度経済成長期に匹敵する経済成長

②1991年~2002年1月(失われた10年)

③2002年2月~2007年11月(いざなみ景気)


直近の日本の景気は①~③の通りとなります。

住宅金融公庫の基準金利の最低金利は2%です。
1998年10月と2003年6月に2%になっています。
1998年10月に初めて公庫金利が2%まで下がったわけですが、旧建設省はこの金利を公庫の下限金利とすることを発表しましたので、実質2%が最低金利です。

株価は2003年4月28日にザラ場安値7,603.76円を底に切り返していますので、株価からみれば失われた10年は、この日をもって終了と言うことになるでしょうね。

2007年3月に金融公庫が廃止として、その業務を住宅金融支援機構が引継ぎ、フラット35一本となった訳ですが、フラット35の全国平均金利を比較しますと、今現在が一番低い訳で、2.383%となります。その前は2005年7月の2.63%がフラット35の全国平均最低値だった訳ですが、それを超える最低金利な訳です。

さらに、2005年は借入れも8割までだったものが、今では100%な訳ですし、今年の2月15日~12月30日までのお申し込み分については10年間1%の金利引き下げ(対応住宅の場合)もある訳で、環境がまるで違う。

でも、公庫の2%から見たら高いんじゃないの?なんて思う方もおられようが、公庫時代はスタートが2%であっても、ステップ償還なんて言う、10年後に金利が跳ね上る最悪なシステムであり、これによって支払い不能に陥るケースが多発したのではないかと思いますので、フラット35とは単純に比較出来ないかと思われます。

過去を振り返っても、今ほど金利面で恵まれた環境は無く、マイホームをご検討の方には願ってもない環境なのですが、景気が悪いと言って、尻込みされるケースがかなりあります。

僕も無理に勧めるつもりもありませんが、ご見学に来られると言う事は、少しは考えておられるからだと思うので、説明させてもらうのですが、理解し難いですかね?


ペタしてね

今日は7月18日。

はじめてブログ書きます。


ブログタイトルは「店長がゆく」で、本来は建築ネタが主体となるところですが、それだとあまりにもつまらないので、”何でもあり”でスタートしようかと思います。

みなさま、よろしくお願い致します。にひひ


つかさんの訃報を目にし、書棚で埃をかぶっていた「つか作品」を引っ張り出して見た。

埃の積もった年数。それは20年以上だろうな・・・。

改めて読み返しても、やはり天才としか言いようがない。


一番好きな作品は「広島に原爆を落とす日」。

認知度が高いのは「蒲田行進曲」や「熱海殺人事件」だろう。


蒲田行進曲は、18歳の時に有楽町だったか銀座だったかの映画館でアンコール上映されたものを立ち見で観て(昔は映画館が満杯で座席がない時は後ろの方で立って観る事も出来ました)、風間杜夫さんの銀ちゃん役がメチャクチャカッコいいし、平田満さんのヤス役がはまり役で、階段落ちの時はあまりの感動に涙がこぼれ落ちたことを今でも鮮明に記憶しています。


その当時無名の風間さんと平田さんは単に時間が無くて抜擢されたみたいで、当初は松田優作さんに銀ちゃん役をお願いしたところ、断わられたそうです。


タイムリーにTV版の方も観ましたが、銀ちゃん役は沖雅也さんでした。


私はつかさんの名前を聞くと、瞬時に沖雅也さんの顔が浮かびます。

それは、沖雅也さんの京王プラザホテルからの飛び降り自殺とつかさんが結びついてしまっているからです。


多分、それは私だけではなく、その年代を生きた人の中には少なからずいるのでは?


ホテルにチェックインした際の名前の上に”つか”とルビをふっている。

そして、ホテルに残された遺書には、


今・・・・

プラザホテル様へ

大変申しわけなくおゆるし下さいませ。

つかこうへい様 あなたの名、つかを使いし僕をゆるせるものならお許し下さい。

人は病む。いつかは老いる。

死を免れることはできない。若さも。健康も、生きていることも、どんな意味があるというのか。

人間が生きていることは、結局何かを求めていることにほかならない。

老いと病と死を超えた、人間の苦悩のすべてを離れた境地を求めることが、正しいものを求めることと思うが、今の私は誤ったものの方を求めている者。

(便箋裏)

 ”おやじ涅槃でまってる” 沖雅也


沖さんはつかさんを心から尊敬していたと聞いています。  注)”おやじ”とは日景氏のこと


今思うと、ジョン・レノンを射殺したチャップマンがホテルの宿泊名簿に「John Lennon」と書いたことにファン心理としては似たものがあるのでしょうか。

あっ、決して沖さんチャップマンとを同じと考えている訳ではないので、沖ファンの方はくれぐれも誤解なきよう。


いずれにしても、遺書にまで書かれる程の存在だったことは事実であり、特別な人だったのだと思います。

つかさんは、沖さんの葬儀委員長までつとめて下さったとのこと。


不謹慎ではありますが、好きな遺書に白洲次郎氏の「葬式無用、戒名不用」と言うのがあります。

つかさんの遺書もまた潔いとでも言いましょうか、流石は”天才 つかこうへい”としか言いようのないものでした。


友人、知人の皆様、つかこうへいでございます。

思えば恥の多い人生でございました。

先に逝くものは、後に残る人を煩わせてはならないと思っています。

私には信仰する宗教もありませんし、戒名も墓も作ろうとは思っておりません。

通夜、葬儀、お別れの会等も一切遠慮させて頂きます。

しばらくしたら、娘に日本と韓国の間、対馬海峡あたりで散骨してもらおうと思っています。

今まで過分なる御厚意、本当にありがとうございます。

2010年 1月1日 つかこうへい


ご冥福をお祈り申し上げます。