仕事が始まったらブログ更新もなかなか出来ないかも、というわけで続投。今回は、なぜフィリピン留学を決めたのかということについて話したいと思います。その前にまず、私自身について少し。
親の英才教育のおかけで、小学校入学時から英語ペラペラな私。ビジネスまでは話せないけれど日常会話は全く問題なし。縁と運もあり海外ホームステイも何度か経験し、周りから”あんたは将来日本に居らんなぁ 必ずミドルネームがつくわぁ~”と言われ本人も海外に出る気満々、ヨーロッパや欧米に想いを馳せていた。
虫が大の苦手なお嬢さん育ちな私。”アジアなんて”と目もくれず、というか行きたくもないと考えてました。私が持っていた”アジア”のイメージ(発展途上国とかインフラ悪いとか暑いだけとかそんな感じ)がどうというより、ヨーロッパ 欧米にしかフォーカスしていなかった。
今年の3月半ばに、家族でバリ島へ行くことに。飛行機大嫌い&なかなか外に出ようとしない父が、なんとまぁ珍しい、というわけで全然乗り気じゃなかった(その頃の私にとっては”え~。なんでアジアなの?”ぐらい行く気なかった)けれど、今度いつ父が旅行に行くかも分からないし最後の家族旅行になるかもしれないしで親孝行でついて行った。
バリで見たもの。…と言っても多くの人にとってはなんともないものだろうし、別にバリじゃなきゃ見れないものでもない。
私たちが泊まったのは、いわゆる高級リゾートホテル。塀で囲われた広い敷地、ゲートには銃を保持したガードマンと警察犬、敷地内はもちろん道路は完全に舗装されていて、ホテルは私たちが思い描くバリ風なデザインのゴージャスなリゾート。ホテルのインテリアもお庭も全てが合わさって、敷地内がひとつのテーマに沿って仕上げられた芸術品のようで、まるでディスニーランドだなと感じた私。リラックスするには最高の施設でした。
一方で、ホテルの敷地外へ足を踏み出すと、道はまだ舗装中あるいは土のまま。バリ島は近年リゾート地として名を売り出していますよね。周りの自然も残ってはいるけど、至る所でどんどん土地が切り開かれている。まっさらにされた土地は、新しくホテルが建つのを待っているか、観光客向けのショップが建つか。砂埃舞う視界の良くない場所でたくさんの人が生活している。もちろん子供たちも。
なんだかとにかく悲しかった。
私の滞在するホテルと、ホテルから空港までの光景。たくさんのギャップを感じた。元ある環境を崩して新しいホテルを建設することも、きっと現地の人々に働くチャンスを与えているんだろう。私たちがこうしてバリを訪れてお金を落としていってるのも、彼らにプラスになっているんだろう。
…本当だろうか。
正直、滞在中いろいろな事を考えてた。”ここのホテルのオーナーはバリ島の人だろうか、インドネシアの人だといいけれど。私たちがここでお金を使って、どれだけ現地の人に還元されているんだろうか。私たちが来ることは彼らをハッピーにしているんだろうか。豊かな緑もホテル建設の為にあれだけ剥いでしまってどうなんだろうか。” 彼らが観光客の事をどう思っているか、なんて考え出した時にはもう頭も胸も痛くてとんでもなかった。
滞在したホテルが今までの自分自身のように感じた瞬間だった。私は恵まれた環境に生まれ、代々祖先と親のおかげで満ち足りた生活をさせて頂いている。とっても感謝してる。でも、そろそろ世界を見るべきじゃないだろうか。現地を知る、私の知らないことをしっかりこの目で見て感じる時じゃないだろうか。親の塀に手厚く守られ育った私、外の(良くも悪くも含めて)いろいろな景色をまだ知らない。
というわけで、”アジアの発展途上国(つまりが断然に環境の良くない不便な所)に住む”という経験をしようっていうのがキッカケです。元々ワーキングホリデーをいつかしようと思っていたので、(ちょっと語弊があるけど)悪い環境に慣れたら後から何処へ行っても平気でいられるでしょう?っていう下積み感覚で考えていました。そしてそう心に決めてから、”アジアで語学留学ってあったよな。なんならついでに英語もちょろっと勉強してこようか。学校にいるなら父もより安心だろう”とすぐさま当時通っていた英会話教室へ行き、他の生徒さんからの話を聞いていたのもあり且つやはりセブ留学がダントツ安かったので即日決定、父びっくり!笑(当然) 母は何事も行け行けゴーゴーで応援してくれるタイプなのですが、父は娘大好き&過保護なので、絶対に今すぐ行きたかったしどうしても父に止められたくなかったので全額自分で払うしすぐ行かせてほしいというか行く!と言って相談という名の報告をしました。笑 また運良く3週間後学校受け入れ可能且つその日の便がまだ空いてるということで、”今日エージェントさんに返事したいからさ!行っていい?!よね!?”みたいな相談()をしたのちスムーズに事が進んでフィリピンに行けるようになりました。
そんなこんなで私の場合、不便な場所へ住んで自分の柔軟性や許容範囲など諸々の人間性を高めたいという事と、アジアの所謂発展途上国の本当の姿をこの目で見て感じたいという事が目的でした。行く前は本当~に期待ゼロ、修行感覚で捉えてました。まさか帰ってくる程好きになるとは思ってもなかったよね、あははは。笑