マイ・レフトフット | NPO法人Ubdobe(ウブドベ)

マイ・レフトフット

SOCiAL FUNK! WEB担当のえりこです。

マイ・レフトフットという映画を久しぶりに観ました。
先天性の脳性小児麻痺により左足しか動かすことができなかった
画家・小説家のクリスティ・ブラウンの自伝を映画化したもの、
1989年の作品です。

少し前ですが、ウブドベの会議の時に、この映画を思い出しました。
強烈なメッセージ性があるわけでもなく、劇的すぎず淡々と、
クリスティとその家族を描いている映画です。

主演のダニエル・デイ=ルイスは好きな俳優のひとり、
それが観るきっかけでした~。
89年は結構な昔、ビデオで観たのが数年後としても、
20年くらいは経っている。
つい最近だったように思うのに~恐ろしいです・・・。

役者が障がいを持つ人を演じるということ自体に
抵抗を感じる方もいると思うので、
映画については賛否両論あると思います。
ただ、いわゆるきれいすぎる話、ひどく感動的な話に
まとめていない感じに、私は好感を持っています。

障がいがあるなしに関わらず、
人は同じように感じ、自己表現を望みます。
表現する方法も、その情報量も人により違いますが、
伝えたいことは伝えたい、わかってほしいと思う。

自分の意思を伝える術がないのは、
想像も及ばないほどつらいことと思います。
クリスティは、「理解されない孤独は、アーティストが
創作の際に感じる孤独とはまた別の孤独だ」と言っていました。

クリスティの場合は、家族の要である彼の母親がすばらしい理解者です。
男の子なので、兄弟との遊びも普通に荒っぽいのですが、
逆にそれがとても温かいものに見えたりします。

感じ、考え、悩み、落ち込み、成長する。
好きな人ができたり、苛立ってお酒にのまれたり、
悪態ついたり、弱いのもかっこ悪いのも人だから。
同情のような目線がなく、そのままの人間が描かれているように思います。
強くて弱くて激しくて、FUNK!な感じ?

先日、バイリンガル・バイカルチュラルろう教育センター
事業統括ディレクターの玉田さとみさんにお目にかかりました。
「一方向でなく双方向でなければ、コミュニケーションとはいえない」
玉田さんからもそんなお話がありました。

言葉でうまく伝わらない場合には、別の方法で伝えようとする、
それを受け取れるかどうかはその相手次第。
これはSOCiAL FUNK! WEBのサカノウエヨースケさん&ゆーく対談での話。

みんなおんなじ人で、言葉を持たない赤ちゃんだって、
何十年と生きてきたお年寄りだって、障がいがあってもなくても、
そこには意思があり、なにかの表現があり、基づく理由があって、
なにかの方法で伝えようとします。

伝える、伝わる、わかってもらえる。
私は日常でやっていることだけれど、これが困難な人もいる。
スタンダードは自分ではない、想像力を働かせなければ。

個の尊重を求めてきた社会であるけれど、
この個と孤独は全然違います。
こういう点で、孤独というものを感じすぎる人がいない社会が
しあわせの要素のひとつなんだなと。
マイ・レフトフットをもう一度観て、そんなことを思いました。

そして、ダニエル・デイ=ルイスはやっぱりかっこいい。

えりこ