NOTE

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日記にはしません。

Amebaでブログを始めよう!
お久しぶりです。
随分と長く更新せず、すみませんでした。


留学生活も残り1ヶ月と少し。ブログをなかなか更新しなかった間に、自分の留学も目的を始め、考えることも悩むことも多くなり、ブログを更新しようという気持ちが起こる前になかなか整理がついていませんでした。

そして、今も。

正直まだ人に話せるような状態でもないんですが。まあ、まだまだ「もがけ!苦しめ!」ってことですかね。笑

でも少しでも頭が整理されていくように、思い立ったことはここに書き留めていこうかなと思います。

個人的なことですが、今月ようやく20歳の節目を迎えました。

誕生日に父親から貰った言葉が、私の20年を表し、そしてこれからの私の指針となるものでした。

「自分の力で成長する」

本が大好きな両親と違い、昔からテレビっ子で本よりテレビ!だった私は、文章を書くことが好きな割に本を読まないという傲慢な子供でした。ようやく本の大切さや面白さに気付いたのは大学に入るのがきっかけ。特にこれといったきっかけはなかったけれど、受験が終わり、時間が空いた時に親が読み終わった本を勧められ読んでいくことで段々好きになっていったのかなと思います。

私が本を読む目的は、基本的に娯楽ではなく(諸々理由はあるが小説が苦手)、自分の得てきた経験を確認することです。自分の経験から導き出した答え(思想)が果たして社会で通用するのか、どんな職業で受け入れられるのか、これから歩むであろう道にどう適応させていくべきか、未来のことは当たり前のことですが経験していないので、先人の知恵が必要だからです。

だから、気になる言葉や文章があったりするとよくメモをとったり付箋を貼ったり。

その言葉や文章を何の基準で同意できるか、できないか、もしくは知っていることか知らないことか判断するのかというと、

それはやっぱり自分の「経験」です。

だって、経験したことしか分からないから。もし共感する部分があって、でも体が疼くような実感を得られないなら、きっとそれはこれから経験することなんだろうな、と思う。

同時に、本を読んでいるとたまに、悔しくなる時があります。

「あ、これが言いたかった!」「そうそう、こういうこと」
経験して学んだことを綺麗に(自分にとって)洗練されきった言葉で表現されちゃうと、自分の中でうまく言語化できてなかったんだな、と思ってしまうから。自分が自分で出したかった言葉を「奪われた」と思ってしまうから。

それは今の時代、本に限って感じることではありません。

SNSが普及してtwitter, Facebookなんかを通して読む記事を見ても思う。

だから私は、そういうものに対してある程度の線を引いておきたい。

頭でっかちに「○○はこういうことなんだ」と結論づけられたものだけを受け入れて自分では何もしない人ほど信用出来ない人は居ないじゃないですか。
だから、もちろん私より人生経験の長い人たちや年下でも違う経験をしてきた人たちが彼らの経験を踏まえた上で出す言葉や文章には、例えそれが自分の意見とは相反するものであっても、敬意を払うべきだと思います。まあだからこそ歴史の偉人の言葉って人の座右の銘になったりするんだと思いますが。

何が言いたかったかというと、私が今まで育って来た環境で得たものを私以外の誰かが経験の末路として出した答えで確認し裏付け、価値を上げていく。それの積み重ねでようやく、いつか「私の人生はこういうことで面白かった。」と人生を終われるんだろうと思います。



父が私に言った、「自分の力で成長する」という言葉を私はこう解釈しています。

ちなみに、私のこれまでの20年で学び常に頭から一時も離さないことばは、

「謙虚」

です。



おやすみなさい。