2019 2/11
昨日、相方がパチンコへ行って一人になったので、数日前から「やろっかな」と思っていたことに着手。もう、かれこれ15年位前にレコーディングした曲を引っ張り出してきて、部屋にあるものや、いつぞやに記録していた画を合わせる作業をやりだすと、どんどん時間が経っていく。夕飯の準備をしないといけないけれど、相方から「ヤバい、かなり出てるから帰りが遅くなる〜」と色んな意味で奇跡的なメールがきたので、夕方に着手して遅めの夕飯までにほぼキッチンで完成した。
動画を作りたかったというより、オリジナル盤を自分の中で客観的に聴いてみたかった、と言うのが近いのかなあ。何れにせよ15年振り位にオリジナルを何回も再生してみて、改めて、千住君のブラシの音と波多野さんのcelloの演奏から、二人の曲の解釈が素晴らしいことを再確認。もう二度と一緒に録音など出来なさそうだし、liveで再現も無理。これは夜中の限られた時間の2take位の出来事。
私はそのあとの夜中の残された時間で歌録りをしたのか、声へばってんなあ。多分一発で録って「これでええわ」となったんやろう。
実際それで良かった。自分の歌のクオリティーが良かったという意味でなく、二人の演奏(解釈)で十分満たされた。
(改めて、プロフェッショナル仕事の流儀で観た、桜井和寿が1曲の歌録りに一晩?いや12時間?かけていたシーンを、事実かどうか、という点と、そもそも一晩かけても上手く歌えないのは明らかに歌唱力が曲に追いついてないからやん、、、という2点において、私はまだ疑っている。本編ではこれぞ「プロ」のシーンでしたけど。桜井さんとかがプロな部分ってもっと違うところにあると思う)
本筋から逸脱してしまい方向性がブレかけた。
要するに、ほぼ直感で出来上がったものには自分史において普遍性があるな。と言うことを、音源をキッチンで蘇らせることで少し実感できた。