裁判長「書面の提出が遅れているようですが」

 弁護人「検察側の提出と証拠開示が遅れていたものですから、こちらの主張の検討に十分な時間が取れませんでした」

 いらだつ裁判長に被告弁護人はこう答えた。昨年、関東地方で行われた強盗傷害事件の裁判員裁判に向けた公判前整理手続きの際のやりとりだ。

 「検察側が遅れた」と弁護側が指摘したのは「証明予定事実記載書面」。検察側が公判での主張の概要を記した書面だ。起訴後に裁判所に提出するものだが、「2週間で可能」(検察幹部)とされる提出には平均約30日を要している現実がある。このため、整理手続きの期日までに検察側の主張を受けた弁護側の防御態勢を整えることができないケースも生まれているという。

 双方の書面の提出が遅れた結果、整理手続きの協議は計6回行われ、約5カ月を要した。判決が言い渡されたのは、起訴後7カ月近くたってからだった。

 担当した弁護士は「自分自身、裁判員裁判の弁護を引き受けるのは初めてだったので、慎重になった部分があり、公判開始まで時間がかかった。でも、検察側が主張を明らかにするタイミングが遅いのも確かだ」と指摘する。

 一方、ある検察幹部は「検察側の書面の提出や証拠開示が遅いこともあったが、裁判所の判断が遅かったり、弁護士が余計な主張をしたりして遅れることもある。検察としては迅速にやろうとしている」と説明した。

 ■慎重…長期化

 裁判員裁判では、裁判員の負担をなるべく軽減するため、争点などを厳選する公判前整理手続きを行う。裁判官と検察官、弁護士が参加する整理手続きは裁判員制度開始に先立つ平成17年から導入された。

 最高裁によると、21年度に全国で起訴された裁判員裁判対象の被告は1662人だが、年度中に1審判決に至ったのは444人にすぎない。21年度の裁判員裁判対象事件では平均約4・2カ月を整理手続きに要した。対して、開始前の20年度の対象事件は約3・4カ月。21年度の対象事件では起訴から判決まで平均6カ月だが、20年度に判決が出た対象事件は平均5カ月だ。整理手続きの長期化などで公判開始が遅れ、事件の滞留を生み出している。

 慶応大教授の安冨潔弁護士は「関係者の生の声を法廷にいる裁判員に伝え、判決を導き出してもらうのが裁判員裁判の前提。初公判まで時間がかかるようでは、法廷での関係者の証言がどの程度正確な記憶に基づくものなのかは疑問だ」と懸念する。また、整理手続きの長期化は、被告の勾留(こうりゅう)期間の長期化にもつながる。裁判員にも被告にも悪影響を及ぼす恐れが現実化しつつある。

 ■判決に影響も

 整理手続きのあり方は、判決にも影響を与えている可能性がある。

 今年2月、東京地裁の裁判員裁判で、2歳の息子を虐待死させたとして父親(35)に懲役11年が言い渡された。約1カ月後、父親の公判で裁判員を務めた男性は、母親(35)の公判を傍聴し、憤った。

 「母親の言い分を聞いていれば、180度とは言わないが、90度は判断が変わったかもしれない」

 母親の弁護側は公判で、「夫の暴力が怖くて虐待を止められなかった」と主張。しかし、父親の公判では「暴力」について触れられていなかったからだ。

 整理手続きで争点や主張が絞り込まれた結果、裁判員が必要と思う事実や証拠が公判で排除されたのだとしたら…。迅速な裁判と証拠の厳選を両立させることの難しさが浮かぶ。

 ベテラン裁判官は「まだ法曹三者が探り合いをしており、さまざまなスケジュールに幅を持たせている。それだけ争点の絞り込みもぶれたり、時間がかかったりする」と指摘。ある検察幹部は「法曹三者で呼吸がうまく合ってくれば、整理手続きの問題は徐々に解消していく」と話している。

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 国民が裁判員として刑事裁判に参加し、裁判官とともに判決を検討する裁判員制度が施行され、21日で1年となる。これまで大きな混乱もなく制度は進んできたようにも見えるが、課題も浮かび上がってきた。施行3年での見直しも決まっている制度の問題点を探る。

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