友人だった彼の死の他にも
お世話になった方々
従兄弟
親類
病弱だった母の代わりに僕を育ててくれた祖母
これらの人の死から、生と死について考えさせられる事が非常に多かったからだ。
一口で言えば、別れの寂しさに対する免疫がないのかも知れない。
いま、うつで会社を退職して静養する毎日だが、死別していった人々のことを良く考える。
分かれの免疫がないために、分かれを怖がり出会いを求めなくなった自分がここにいる。
だから家族と同居しての静養でも孤独感が強い毎日を過ごしてしまう事になっているんだと考える。
人一倍寂しがり屋なのに、人一倍分かれを恐れて出会いを求められない事が僕のうつの根源にあるのだと思う。
明日からはそのお世話になった人々のことを書いて自分の中で区切りをつけたいと思う。