喜一郎は大衆のための乗用車をつくる夢を追い続けたが、実現できなかった。
喜一郎は、トヨタが日本一の自動車メーカーになったことを知らずに
この世を去ったので、経営者としては悲劇のヒーローのままだった。

石田が引き続き社長にとどまり、英二が技術部門のトップとして、
それまで以上に責任を果たす体制が維持された。

自主開発の方向は揺るぎないものになった。
重要なことは、トヨタの将来を決定づける
新しい自動車開発の中心となる技術者を誰にするかだった。