彼は、それまで鉄道メーカーに勤める優秀な技師であり、
デュラントから社長を引き継いだ金融グループのジェームス・ストロ一と
知り合いであったことから、ビュイック事業部を任せられた。

自動車に興味を持っていたクライスラーは、年収が大幅にダウンするのもいとわず
自動車の世界に身を鍛じたのだ。
この人事が実施されたとき、デュラントはゼネラルモータースを去った。