桜の木の下で、僕は杯を持ち、酒を飲んでいた。
周りで、子供から老人まで、あらゆる世代の人たちが、酒を飲んでいた。
とても懐かしい顔ぶれだった。
小学校5年生の時、僕の後ろの席に座っていたH君。
中学校の時、手のつけられない不良だったけど、実は男気に溢れていたT君。
数回しか話を交わしたことがなかったけど、同じ事務所のライターとして頑張っていたH君。
僕が子供の頃、こちらが戸惑うほどお年玉をくれていたおじいちゃん。
そして僕の父親。
僕はその場にいる人たちを改めて見渡した。
そこで気づいた。
みんな、亡くなった人ばかりだった。
不慮の事故で亡くなった人。病気で亡くなった人。とにかく僕が訃報を聞いてショックを受けたり、死の瞬間に立ち会ったりした人ばかりだった。
みんな穏やかで和気藹々と酒を飲んでいる。
そうか、皆な楽しくやっているんだな。そう思うと嬉しくなった。
その時、後方で、僕がそらで言える数少ない詩で、とても大好きな詩が詠まれた。
この杯を受けてくれ
どうぞなみなみ注がしておくれ
花に嵐のたとえもあるぞ
さよならだけが人生だ
井伏鱒二さんの訳詩で有名な于武陵の「勧酒」だ。
後ろでその詩を詠んだ人が誰か気になった。
きっと僕の人生の中で関わった人に違いない。
手にしている杯を飲み干して振り返ろうと思った。
その時、桜の花びらが舞い散って、僕が手にしている杯に浸った。
そこで目が覚めた。
詩を詠んだ人が誰だったかな……と布団の中で考えたけど、思いつかなかった。
昨日は熱で朦朧として仕事が出来ず、ずっと寝ていた。でも随分熱が下がったような気がする。
さて、頑張って仕事しよう。