僕は27歳のときに会社を辞めたのだが、それまで勤めていたのは、カルチュア・コンビニエンス・クラブという会社だ。簡単に言えば、ツタヤのフランチャイズ本部だ。

「脚本家になるために、会社を辞めます」と僕が言ったときに、上司である部長に喫茶店に呼び出された……。




上司「浜田、お前どうしちゃったんだよ。いきなり脚本家になるって」

浜田「いや、昔から漠然となれたらいいなと思っていて」

上司「なんかツテがあるのか」

浜田「全くないです。コンクールとかも応募したことないし」

上司「どうするんだよ?」

浜田「いや、半年後に結婚するし、ここで辞める方がいいだろうと思って」

上司「それは逆だろ。男が結婚するから会社辞めるなんて聞いたことないぞ」

浜田「僕は性格上、追い込まれないとやらない人間なんですよ」

上司「だからって無謀すぎるだろ。結婚相手はなんと言っているんだ」

浜田「嫁も嫁のご両親も理解してくれています」

上司「理解って……とにかく仕事を続けながら目指せばいいじゃないか」

浜田「実は会社の仕事楽しいんですよ」

上司「え……」

浜田「仕事は楽しいし、同期にも恵まれている。このままだと僕は一生会社を辞められないような気がしているんです。意思が弱いんで、多分流されてしまうだろうなって。だから退路を断つしかないと思って」
上司「俺はさ、お前のこと認めてるんだよ。これから一緒にやりたい仕事も一杯あるんだよ」

浜田「……すみません」

上司「……」

浜田「……ホントすみません」

上司「……」

浜田「……」

上司「……実はな、こうやってお前のことを引き止めているけど、俺も会社を辞めるつもりなんだ」

浜田「ええっ!?」

上司「いや、今すぐじゃないぞ。3年後のつもりだけど」

浜田「辞めてどうするんですか?」

上司「パン屋をやるんだよ。嫁と一緒に。それが夢なんだ。今は資金を貯めて、嫁がパンを焼く練習をしてるとこだ」

浜田「……」

上司「やりたいことがあるから会社を辞める。お前と一緒だよ」

浜田「(思わず笑って)」

上司「一応止めたぞ」

浜田「はい」

上司「お前が書いた脚本をいつかテレビや映画で見れる日を楽しみにしているよ」

浜田「僕も**部長が作ったパンをいつか食べれる日を楽しみにしています」




そうして、僕は辞表を受け取ってもらった。
その上司がパン屋になったかどうかは知らない。
会社を辞めて3年間、僕は脚本家を目指すといいながら遊び呆けて、あわす顔がなかったからだ。

でもきっと、僕が何とか脚本家になったように、上司もどこかの街角で奥さんと一緒にパンを焼いているんだろうなと思っている。




部長は僕の作品を見てくれているだろうか。