20代のころ、ロンドンに三週間滞在していたことがある。
朝の9時前、いつも決まってある電車に乗っていると、6歳ぐらいの少女がこっちを見ていた。
目を合わせると、いきなり「今日初めて、一人で学校に行くの」と話しかけてきた。
びっくりしたが、どうやら日本人である僕に興味を持ったらしい。
怪しい英語で話していると、その地区だけかもしれないけど、子供たちの昼食に関して、学校給食も親が弁当を作るという制度もないらしい。子供たちはいつも日本円にして250円ほど親から渡され、6歳にして、その日何を食べるのかそれぞれが考えるということが分かった。
「今日、何を食べたらいい?」と少女が尋ねてくる。
僕はなんと答えたらいいのか、分からず、「君の好きなものはなに?」と聞いた。
「お母さんがあたしの誕生日に作ってくれる、羊を焼いた肉」
僕は少し考えて、怪しい英語でこう答えた。
「例えば、一日250円のお金を、200円だけ使って、一日50円貯めると、一ヶ月で、1500円になる。その1500円をお母さんに渡して、誕生日だけでなく毎月、大好きな羊を焼いた肉を食べるという選択もあるよ。あるいは君が食べるのではなくて、誰かにそのお金で美味しいものをプレゼントすることもできるよ」
ものすごくびっくりした顔で僕をジッと見ていたその少女は、「そうしてみる」と言った。
ロンドンにいた頃、その少女は僕を電車で見かけると近づいてきて、隣に座っていろんなことを話した。「昨日、初めて友達が出来た」と聞いたときは、僕も嬉しかった。
そして日本に帰る2日前、電車でその子と会った。
「明後日、日本に帰るんだ」と僕が言ったとき、電車でその少女が泣いた。
それを見て、僕もうるっと来てしまった。
無性にロンドンに行きたいなと思う。