「黒髪」に引続き、近松秋江の連作短編小説「狂乱」を読み終えた。



 表題程の狂い乱れる様は案外にもないものの、男と男が入れ上げた売笑婦との間は、段々と深刻な泥沼状態に陥り始める。

 昔の時代のこと、メールやLINEなどの便利な通信手段が無い中で、男は再三に渡り女性の近況を窺おうと手紙を寄越すにかかわらず、相手の女性から一切の応答なし。

 もう脈がないものと諦めてもいい頃合いではないかと思うものの、そこがこの小説の見どころ。
ただ女性欲しさに、雲を掴むに等しいであろう女性の消息を、自力で当たり始めるのである。

 男が歩き廻る風景描写のリアルさと、翳りとともに熱き心持ちの表現を美しくも感じながら、やっていることはストーカーそのものであり、前作「黒髪」に比べ、その気質が熱を帯びてくるので、唯ならぬものを感じる。

 では男から金を搾るだけ搾った女はというと、主人公の執拗な手紙が原因で気が触れてしまい、何処かで静養中とされているのだが、この一編ではその真意はまだ諮りかねるが、次作「霜凍る宵」を愉しみに捲ってみたい。

 未練たらたらの男に“そこまでやるか?”と思いつつ、その気持ちは解らなくもなかったりする。

 ただただ、気持の上でまったくその気がない女性に対する執拗さに「狂乱」とは気が触れた女の方を指すのか、気が触れんばかりに女を捜し惑う男の心情を指したものか少し考えてしまう。