「マリリン・モンロー・ノー・リターン」の鮮烈な感銘の後は、やはり少し癖の強い小説作品が読みたい。 


リアリズム小説の「夜明け前」はどうしたものか、暫く読書をお休みしている。


 癖の強そうな作品を探そうと考えていると、勿体ぶって並べるがままにしていた近松秋江の短編集「黒髪」の事を思い出す。



 前評判から、高純度のストーカー小説との印象を持っていたまま、期待して頁を捲る。
ちなみに「他二編」というのは表題作「黒髪」に続く俗に言う「黒髪三部作」のことであるらしい。

 先ず冒頭の「黒髪」は、とある独身男性が一人の若い売笑婦に入れ上げるというものであるが、女性のビジュアル面の観察が、指先や結髪の具合、服装に至るまで実に仔細でリアリティに富んでいる。
一体どんな心持ちで女性を見つめているかが容易に想像がつく。

 これが作品のねちっこさの起源にもなっているのだが、同じく仔細な風景描写の中で、撃っても点で宛のない女性への苛立ちと裏腹に惚れた弱味で増々追い掛けたくなる心情に、少し共感するものを覚えるのである。
まぁそこで質が悪いのは、「どうしても女性を自分のものにしたい」という男の独占欲が半端ではないところだろうか。

 では渦中の女性について述べれば、男目線で決して派手ではなく凛とした佇まいではありながら、与えるもの無くとも男の焦らせ方といえば一級品で、男からすると手離したくない(勿論自分のものでにはなってないが)衝動を覚えさせるという、悪い言い方をすれば惚れた弱みに漬け込む魔性の女の側面を感じられなくもない。

 半ば執念で女性を捜す男の心情は、中河与一の「天の夕顔」をも連想するものがあり、心理的な執拗さでいえば、こちらのほうが心情がストレートな分ねちっこいものを感じ、武者小路実篤の「おめでたき人」の主人公ほどの明るさもない。

 「黒髪」では、この男女の付かず離れずのやり取りが続くのであるが、今読み始めた続編「狂乱」でいよいよそれがエスカレートしてゆくのである。

 タイトルが「狂乱」である。
どれ程男の気持ちが掻き乱されたのであろうかが滲み出た真を付くタイトルである。