志賀直哉といえば短編小説の名手であり、まるで角の取れた河原の石のような癖のない文体は、却って志賀直哉の癖というものではないかと思う。


 あくまで私自身の解釈なのであてにもならないものであるが、その一種のシンプルな文体はヘミングウェイを彷彿させるものがある。


 そして、同氏の数ある名短篇小説のうちでも、「城の崎にて」は是非一読しておきたい作品である。



 この「城の崎にて」は、作者が列車事故の療養先として滞在した城崎温泉における体験を、自らの生死観と照らし合わせる随筆とも私小説とも取れ、しかも主にただそれだけの、日常的にあり得る場面を綴っているに過ぎないのである。

 雨に流されたスズメバチの死骸、川に流され今にも命が尽きかけようとしているネズミ、そして自ら投石によって手をかけてしまったヤモリ。(ヤモリの下りは創作⁉と感じるところもあるが)

 それぞれが「既に死んだもの」「死に直面しているもの」「突然訪れた死」という偶然の遭遇ではあるが、もしかすると城崎ではなくても普段目にすることがあるかもしれない。

 しかしながら、城崎で見た光景というだけで何かしら特別感が沸き起こるもので、城崎の地でなければ何だか成立しないのではないかとも思ってしまうのである。

 自己の内面を表現した割とストイックな話でありながら、通読後作者の列車事故の経緯を調べると、口論の末自ら線路に飛び込んだという、何とも向こう見ずなことをしているのにただ驚くばかりである。

 そして城崎にいつか訪れ、作者志賀直哉の足跡に触れてみたいと思うようになった。