国木田独歩の知的でありながらどこか人間味を帯びた文体が私は好きである。


 以前購入したカバーの無い時代の、新潮文庫の作品集「酒中日記」に収録されている一編に「巡査」というほんの十ページ程度の作品がある。



 元々は「運命(この作品集では運命論者)」という作品集に収められていたこの作品は、前述のように実に人間味を帯びたものである。

 以前一度通読し、昨日再読したのであるが、その一行毎に胸に温かさが込み上げてくるのは気のせいではないかもしれない。

 丸顔の髭面で臆面もなく明るい男と果たして親しくなれるだろうかという始まりから、書き手はこの話の主役である巡査のことを少々訝っているのだが、正月に彼の単身赴任の部屋を訪れ、座を辞する頃には当の巡査の清潔で屈托なく、ロマンティストな人柄をすっかり気に入っているというものである。

 二人の間で交わされるのは、酒とほんの日常的な会話という何の変哲もない場面でありながら、そこに人間の情緒やにじみ出る温かみが感じられ、人が人を好きになるのに充分な要素を兼ね備えている。

 おそらくこの大好きな短編を、またいつか再読するであろう。
 
 窓から顔を出し何度もお辞儀をする髭面の巡査を、私もすっかり好きになったのである。