6月になり脳神経外科から小児科に転科した。

初めて知る世界だった。

腫瘍、白血病、心臓病、腎臓病。。。

治療の副作用で髪の毛が抜けている子、身体に障害を持った子。。。

様々な病気があって、それに立ち向かって闘っている子供たち。年齢も赤ちゃんから高校生くらいの子供まで…こんなにたくさんいるんだと驚いた。

そして、みんな明るくて笑っていた。

付き添うママたちも本当に明るい。

看護師さんも気さくで明るくて。。。


自分の子供だけが大変でかわいそうで、、、これから始まる抗がん剤が不安で怖くて緊張しかなかったけど、看護師さんや、周りのママと話すにつれて、なによりまめちゃんの話を聞いてもらえること、他の病気を抱えてるママから教えてもらえること、知識が広がり、不安や怖さが少しずつ和らいでいくのを感じていた。




まめちゃん生後7ヶ月。

6月8日。いよいよ抗がん剤がスタートした。

まめちゃんが行う治療はICE療法。

事前に手術で入れておいたカテーテルから抗がん剤を投与する。

副作用なるべく少なくすみますように…

祈るように過ごした。


病理の結果を聞く日。

両家の両親も集まり、個室へと入る。

担当のI先生と看護師が席に着く。


画面にはまめちゃんの術前術後の画像。


先生「病理の結果、、、

グリオブラストーマ≒神経膠芽腫だとわかりました。

脳腫瘍の中でも最も悪性度の高いグレード4の腫瘍です。

一般的に5年生存率は10%未満。

まめちゃんの余命は1年~1年半位かと思われます。」


もっと詳しく説明はあったが、この辺りまでの説明で、義理父が気持ち悪さで退室。

私も含め、みんなが泣いていた。


私 「10月で1歳になります。来年の…2歳の誕生日まで生きられますか?」


先生「来年の誕生日は難しいかと。。。」


先生「ただ、乳幼児が神経膠芽腫を発症することが、そもそもとても稀なことです。必ずしも一般的な予後を辿るとも言い切れません。

小児科に転科し、抗がん剤治療をやってみるのも一つの選択肢です。」


その後もここには書ききれないほど、先生からの説明は丁寧でわかりやすいものだった。



説明が終わり、両家の両親とパパと私。


「どーするか決めるのはパパとママだね。」


誰かがそう言った。



両親に頼んでパパと二人にしてもらった。



私 「私はこのまま何もしないで諦めたくない。抗がん剤とかよくわからないけど、やれることは全部やりたい。それがあんまりにも辛いことなら、またその時考えたい。」


パパ「。。。そうだな。。。」



その日のうちに伝えたかは忘れたけど、両家の両親も私達が決めたことに反対はなかった。

入院が長期になることはわかっていたので、一丸となって協力していこうと言ってくれた。


手術の翌日にはまめちゃんは病室に戻ってきた。

痛々しい姿。。。

こんなに小さい体でよく頑張ったね。





手術の後遺症としては、前頭葉の右半分を切除したため、左半身になんらかの麻痺が出ると。。。

空間を司る神経や言語などにも障害が残る恐れがあると。

仕方のないことだった。

命を助けて下さいと願った結果だった。

どんな障害が残っても、受け入れて支えて家族みんなで協力していこうと決めていた。



それから病理の結果が出るまでの期間、脳神経外科の病棟で過ごした。


術後はパンパンに腫れ上がっていた頭も徐々に落ち着いて、母乳をよく飲み、泣いて笑って、活発なまめちゃんに戻っていた。