GWは田舎に帰りました。
4月28日の夜遅くに埼玉を出発して、5月5日の朝に帰って来ました。
29日の午前中に、旦那の実家に帰る前に隣の田舎の様子を見に行きました。
まず目に入るのが、
国道沿いの空き地に積み重ねられたガレキの山。
そこから国道をまっすぐ走り、津波被害を受けた海沿いへ。
防潮提が…
第一波でヒビが入った防潮提に、波が引ききらないうちに更に大きな第二波が来て防潮提を破壊したそうです。
この写メを撮った場所には線路があったはず。
線路は枕木ごと流されて、折れ曲がった物が
国道下に流されていました。
防潮提と線路の間には、防潮林がびっしりだったのに…
見る影もない。
ちょっと遠くてわかりにくいけど、何にもない。
テレビに何度か映ったけど、画面で見るのとは
全然ちがくて…怖くて
街中には行けなかった。
あまりの変わり果てた田舎に、言葉がでなくて…気持ち悪くなった。
私の実家は、親戚の大工さんに直してもらって、住める状態。
まだ家の中は散らかってたけど、家があって住めるだけいい。
実家から海の方の写メ。
破壊された防潮提の方角です。右側の川にも津波が遡上してきて、かなり上流まで波が行ったみたい。
この道路のすぐ左下が私の実家。もしこの川が氾濫してたら…
みんな 大きな地震は起きても、あんな大きな津波が来るなんて思いもしなかったって話してた。
亡くなった人の中に、
90歳のおじいちゃんがいました。その人は家族と逃げる途中で、もう津波が防潮提を越えて街中に来たと聞いて、
『もう俺の事はいいからみんな逃げろ』と家族を先に行かせて津波にのまれたそうです。
別の家族は逃げてる途中に、津波にのまれ、
冷たい波の中でおばあちゃんの手を離してしまって…手を繋いでいた家族の方は、『自分が手を離さなかったら、おばあちゃんも助かってたかも』と自分を責めていたそうです。
テレビや動画で津波を見て『怖い』と思ったけど、やっぱり本当の怖さは
あの津波を実際に自分の目で見た人や、体験した人にしかわからないと思いました。
津波が防潮提を越えた、と聞いても想像できないんです。
GWに田舎で見た海は、
とても穏やかで静かで
太陽を浴びてキラキラと輝いていました。
復興には何年 何十年と
かかると思いますが、
生まれ育った田舎の為に、出来る事をお手伝いして行きたいと思います。