あまりにも当たり前すぎて

扱いが蔑ろになってしまっているもの

ありませんか?



今 天地返しが起ころうとしていて

いままで当たり前だったことが

突然失われたり

いままで眠っていたものが

揺り起こされたりすることがありそうです



恐ろしいことに

時代の流れとともに

『当たり前』は移り変わっていきます


わたしたちにとって良い方に変わっていくのならば両手をあげて大賛成ですが


わたしたちにとって好ましくない

わたしたちを縛りつけるような

わたしたちを危険に晒すような

わたしたちを踏みつけるような

そんな変化が起こらないとも言いきれないのです



だからこそ

今ある環境に感謝し

何が大切なのかを見極め

護るべきものを護っていくことが必要なのです



わたしの願いはずっと同じ


『誰も

踏みにじられない世界であってほしい』



その為に祈りと少しの行動を











無知であるということは

ときに誰かを傷つけてしまう


自分の見えている世界だけの感覚で生きていると

ときに誰かを排除してしまう


知ろうとすること

見ようとすること


自分に世界があるように

ひとにもそれぞれ世界があることを

忘れないように


自分の世界の軸は自分のまま

世界の幅をそっと拡げる


見えていますか?

気づいていますか?


世界を護れるのは

あなただけかもしれないのに









今なぜか


もう忘れたと思っていたことや

もう赦せたと思っていたこと


済んだことだからと思っていたことや

もう大丈夫と思っていたこと


そんなことがふとした瞬間に

またじわりじわりと

傷として 痛みとして

侵食してくるような

そんな流れが起きているように感じます



傷や痛みが喚び起こされるときは

何か出来ることがあるならそうしてもいいけれど


ただただ

痛みを痛みとして感じるだけでも

いいのかもしれません


何がつらかったのか

何が嫌だったのか

何が苦しかったのか


これから先

進む道に迷ったとき


何が好きなのか

何が大切なのか


というのも大切な判断基準になるけれど


何が嫌なのか

何を手放したいのか


というのも

とても大切な判断基準になると思うのです



何かを大切にすることと

何かを手放すことは表裏一体


『わたし』についた傷跡は

『わたし』が何かを護ろうとした証


そうやって『わたし』を

世界の中に形造る


何故か古傷が痛むような

そんなときは

『わたし』という輪郭を

世界の中でくっきりとさせるチャンスなのかもしれません


治らなくたっていい

その傷跡とともに生きていく