裸のサルの政治学 | 高等遊民のブログ

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ワタシ・・・いったいなんなんだろう?

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ナガタ山の裸のサルのジミン集団ではボス猿が予想通りきまったようだ。

さて先日紹介した『チンパンジーの政治学』(注1)だけど、この本は国内では1984年に『政治をするサル』という題で初版が発行されている。今回は新たな知見と、写真を入れて改訂版を出すことになったと『序』で著者のフランス・ドゥ・ヴァールは述べている。
以前からこの本は読んでみたいと思っていた。まだ半分くらいしか読んでいないがなかなか面白いですよ。

政治の定義はハロルド・ラスウエルによると『“誰が、なにを、いつ、いかに得るか”を決定する過程である』というのだそうです。

ドゥ・ヴァールはオランダのアーネム動物園で二十数頭のチンパンジー、そのなかで、三頭のオス(イエルーン、ラウト、ニッキー)の、権力と性をめぐる争いを観察して、“政治の起源”に面白い考察を加えています。

この三頭の権力をめぐる争いはいいろいろなところで引用されています。
当Blogで以前何度か話題(注2)にした、ロビン・ダンパー著の『ことばの起源-猿の毛づくろい人のゴシップ』(注3)の中でも以下のように要約されています。

オランダの動物学者フランス・ドゥ・ヴァールは、その著書『政治をするサル』で、より高等の霊長類がときどき携わる巧みな平衡行動の典型例を説明している。

オランダのアーネム動物園で飼育されているチンパンジーの群れでは、若い雄のラウトが、年老いた雄のイエルーンを倒したばかりだった。
イエルーンは何年間か第一位にいた雄でその間、交尾適齢期を迎えた雌について、ほぼ独占的な交尾権を享受していた。ところが、彼が二番目の地位に落ちたことは、特権をラウトに奪われることを意味する。

さらに悪いことに、二、三ヵ月後若い雄のニッキーも、イエルーンを負かすことができるようになった。イエルーンは三番目の地位に降格し、全ての特権を失った。そのとき、天才的なひらめきが訪れた。
この老獪な雄は、自分の不運を嘆いて意気消沈したりせず、若いニッキーと同盟を結んだのだ。ラウトよりも若いニッキーは、自分だけでは新しい支配者たる雄に太刀打ちできない。だがイエルーンの援護を得ることで、ラウトを倒すことができた。その結果として新しい序列がつけられ、ニッキーが一番上、イエルーンは二番目となり、ラウトは三番目に後退させられた。

そして、とどめの一撃があった。今度は、イエルーンが自分の地位を利用して、雌と交尾をはじめた。もちろんニッキーはたちまち立腹し、厚かましいイエルーンを懲らしめた。イエルーンはおとなしくじっと時節を待った。その次の機会に、ニッキーとラウトが小ぜりあいを始めたとき、イエルーンはただ傍観者となってじっと動かず、ニッキーを助けに行くことを拒んだ。そのせいでニッキーは小競り合いに負けたが、彼がイエルーンとの不和をすばやく解決しなかったら、大きな戦いにも敗れていたことだろう。

彼が、この年寄りの雄がともかく何頭かの雌と交尾するのを我慢している限りは、まったく申し分なくことがすすむのだった。ニッキーが嫉妬のあまり身の程を忘れてしまうと、イエルーンは対ラウトへの援護から手を引いて、彼に思い知らせるのだ。
(38p-39p)

ナガタ山の裸のサルでは論功行賞が行われるようだが、彼らチンパンジーとどちらが賢いのだろうか?

(注1)チンパンジーの政治学―猿の権力と性 (単行本) フランス・ドゥ ヴァール (著)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4902970694/sr=1-9/qid=1159252176/ref=sr_1_9/250-3507673-1608254?ie=UTF8&s=books
(注2)こころのミッシング・リンク~スイス・アーミー・ナイフとしての心~ http://blogs.yahoo.co.jp/d_morris_jr/8888933.html?p=3&pm=l&t=1
宗教と科学 http://blogs.yahoo.co.jp/d_morris_jr/8267324.html?p=3&pm=l&t=1
(注3)ことばの起源―猿の毛づくろい、人のゴシップ (単行本) ロビン ダンバー (著)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4791756681/qid%3D1121745037/250-8524065-7493032