今回は一応ネタバレ注意で。

『Dropkick』チャンネルの「総合格闘技が生まれた時代」シリーズを読んでいます。

最新の記事では元リングスのヤマヨシこと山本宜久選手が登場。

ヤマヨシ選手は91年にリングス入門。95年にはヒクソン・グレイシーと対戦、多分ヒクソンと対戦した選手では一番彼を追い込みました。リングスでは常に最前線で戦い続けましたね。リングス離脱後はPRIDEに参戦、高田道場に身を寄せたこともありました。

つまり前田日明氏と高田延彦氏、両方に仕えたという事ですね。

その辺の事も、大病を患ったりした事も知っていたのですが、交通事故に遭った事は知りませんでした。

自転車でコンビニに向かっていたら、横から車にはねられ2mくらい吹っ飛んだのだとか。それで肩の靭帯が切れてしまって。

その怪我があってHERO'Sの旗揚げ戦の試合がなくなってしまったと。

なかなかの波乱万丈ぶりです…

ヒクソン戦に纏わる話、リングスオランダ、リングスロシア、藤原道場…既に知っているエピソードでもやはり面白い!(笑)

しかしこの記事のハイライトはこれですかね…これ、自分だけでなく殆どのファンは知らなかったと思います…

暫くお世話になった高田道場を辞める事になり、

何度か軽くモメたりした?髙田延彦氏と、最後にサシで会って1時間半くらい話をしたらしいのですが、

山本「あれはいまでも忘れられないね。そんときに印象に残ってる高田さんの言葉は、


『……おまえの目つきはな、前田日明にソックリやなっ!』って」


‼︎

うおぉ…

インタビュアーのかたも言っていますが、鳥肌が立ちます‼︎

やはり、高田氏には前田日明という存在は引っかかっていると!

公の場では前田のまの字も口にしない高田氏ですが。

前田日明の直弟子に、そう言いましたか!

山本「あの言葉はいまでも印象に残ってますね。ボクが高田さんにメンチを切ってたのかもしれないですけど(笑)」


「おまえの目つきはな、前田日明にソックリやなっ!」って…


久々にSoulが震えましたね~。


しかしこれでは仲直りはないか~


ヤマヨシ選手は高田氏と別れた直後に前田さんから偶然電話がかかってきて、また前田さんと行動を共にする事に。

紆余曲折あって、また「親」の元へ帰ったと。

まあ前田イズムを受け継いだ者が他のところではやっていけないか(笑)。恐らく一番濃く受け継いだのはヤマヨシ選手だろうし(笑)。

リングスでバチバチの試合をした相手、田村選手については…

自身のベストバウトにヒクソン戦とともに、田村戦も挙げているヤマヨシ選手。

山本「それだけ田村さんがこっちの引き出しを感情的に出せてくれたというのがありましたからね。60歳くらいになったら……田村さんとお茶でも飲んで、当時のことをいろいろと話したいよね」

田村選手も昔やり合っていた頃、同じ事を言っていましたね。引退して年をとってから仲良くなればいいと。

しかし二人共、60くらいになっても意地を張り続けている気がしますが(笑)

師匠達がダメならば、弟子たちは仲良くなってほしい(笑)

ギブUPまで待てない!…ではなく60まで待てない!(笑)


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